人間回復めざし
適確な批判 共に歩みたい
武蔵野女子大学教授 山崎 龍明
宗教の時代と言われてから久しい。一時は六〇〇を超える宗教といわれ、宗教法人の数も十八万を超えた。日本人は、宗教が好きである。今、宗教の時代! などという雑誌の特集もある。また、役に立つ宗教、機能別宗教一覧、といったように、日本人が好みそうな記事を目にすることも多い。
宗教が人間のニーズに応えることは必要である。しかし人々のニーズだけを無原則に認め、それに応えようとしてばかりいる宗教に、私は「えっ!」と疑問を感ずることがある。
一九九五年、オウム真理教の事件が人々を驚かせたのはもう五年も前のことである。 当時、私は新聞やテレビで「麻原を逮捕すれば、一件落着という問題ではない。そこから、この問題は始まるのではないか」と、さかんに言った。不幸にも、この思いは的中してしまったようである。麻原を、キリストにも匹敵する世界有数の宗教者と言った、著名な評論家がいた。同様の文化人も多かった。私はその評論家に何度も何度も、こっぴどく批判された。私も反論を試みたが並行線であった。私は、麻原の宗教的野望、詐術(宗教的ごまかし)を論じ、それだけではなく、オウム真理教信者をうみだした、社会的背景、つまり、知的偏重、カルト好きの青年を形成した、教育、マスコミ等々を問う必要性を述べたのである。
昨今は、オウム脱会者の社会復帰の問題、そして、オウム関係の子どもたちの就学拒否運動へのエスカレートである。
私は宗教者の一人として、これはどうも理解しかねる。どんなことがあろうと、子どもたちの教育の権利を奪ってはならないと思うのである。脱会者、オウム関係の子どもの存在を許さないという発想は、非常に危険である。この国には、いまだに「非国民」思想があり、何か事が起ると、これがいつも頭をもたげてくる。
オウムの子どもとしてレッテルを貼り、特殊集団化してしまうことは、誤りである。それは、ますます歪んだ人間を形成することに手を貸すことに他ならない。
批判すべきところは適確に批判し、熟考すべきことは、きちんと考えることが、私は本来の宗教的営みであると考える。オウムのある藤岡にも、大田原にも私は行った。住民の不安と、心情もよく判る。にもかかわらず、私はこのことを訴えたいのだ。
法の華三法行も人々を驚かせた。唯一人、自分のみが天声を聞き届けるという教えも、どこか福永法源の母親が入信していたといわれ、「親声」を聞くという、自然の泉(浅尾法灯)とダブってみえる。東京地裁の裁判でも、「詐欺ではない、金は天に届けるものだ」と言い張る福永法源に共感する信者と、正面からぶつかる弁護士。テレビで「宗教と詐欺は紙一重」と言った新聞記者がいた。私はすぐ月刊誌で批判したが、そう思っている人が多くいるのも事実だ。
天声、定説(高橋弘二)などといって人を惑わすのはやめて欲しい。宗教本来の人間回復をめざして多くの人々と共に歩みたいと思う。
社会的相当性を
マイナスイメージの払拭
弁護士 前日弁連消費者問題対策委員会 委員長 澤藤統一郎
「宗教」にまつわる諸事件が社会面を賑わせている。オウム、霊感・霊視商法、法の華、ライフスペース、加江田塾…。宗教が消費者被害を生み、宗教がマインドコントロールによる人格破壊をもたらし、宗教が救助可能な生命を奪う。また、巨大宗教団体が、他宗へ信じがたい罵詈雑言を浴びせ、他宗指導者を陥れる策略を弄する…。いずれも、世人の宗教へのマイナスイメージを増幅させている。
今のところ世論は、これらのほとんどの事件を、「本来の宗教」が行っていることではなく、その周辺が引き起こしている特殊事例として受け止めている。恐らくは、多くの教団・宗派も、「宗教界の周辺のごく一部が起こしている問題」と、他人事として済ませているものと思われる。
確かに、今世間で話題となっているいくつかの事例をもって宗教界全体を論じることには慎重でなくてはならない。個人がさまざまであるように、宗教も宗教団体も多様なことは当然である。一部の逸脱行為をとらえて、針小棒大に全体を決めつける議論には悪意も感じられ、信教の自由への権力的な介入の口実として過大に喧伝される恐れには十分な警戒が必要であろう。
しかし、「宗教界の一部」あるいは「宗教周辺」のマイナスイメージは、否応なく宗教界全体に波及せざるを得ない。宗教者・宗教界がこの事態を真摯に正確に受け止め、自浄能力を示さなければ、取り返しのつかない痛手を被ることにもなりかねない。提起されている問題は、意外に宗教のあり方全般に繋がる普遍性を含んでいるように思われる。
本来の宗教と「宗教周辺」、正統と異端とは、いったいどう区別されるのか。宗教は、主体性を確立した人格が選び取るべきものなのか。布教行為にマインドコントロール的要素は不可避ではないのか。宗教的確信と迷妄とはどう異なるのか。反社会的な宗教教義をどう評価すべきなのか。
正統をもって任ずる宗教者は、社会からのこのような疑問や問いかけに自分なりの回答を用意しておかねばなるまい。分けても、どの宗教団体にも卑近な問題として、宗教的な献金を消費者被害とされることのないよう十分な配慮が必要である。宗教団体の運営を支えるための信者の献金は、当然のこととして献金者の真意に基づくものでなければならない。社会的相当性を欠く方法で正常な判断を妨げられた者の過大献金については、民事訴訟において返還を求められることもあり、場合によっては刑事事件にもなりうる。
宗教とても社会的存在であり、社会のなかで活動を行う以上、社会的・法的な制約に服さざるを得ない。宗教団体の日常活動における、社会的相当性への十分な配慮が、世人の宗教に対するプラスイメージ獲得の第一歩ではないか。
カルトと私たち
まさしく「他山の石」だ
東北学院大学元教授 浅見定雄
カルト問題の前では、いわゆる「伝統的宗教」と「新宗教」の区別は要らない。いずれにしても私たちは、すでに社会と折り合いをつけることを学んできた。これに対して「カルト」は、いま現に社会へ危害を及ぼしている。
「カルト」とは、初めから悪い意味の言葉だったのではない。しかしアメリカでは一九七〇年前後から、「マンソン・ファミリー」事件(六九年)、「人民寺院」事件(七八年)、「ブランチ・デヴィディアン」事件(九三年)、「ヘヴンスゲート」事件(九七年)等々が起きて、「カルト」はそういう宗教団体のことを指す言葉となり、その用法がオウム真理教事件の頃から日本社会にも定着したのである。
ところで、「仏教」を名乗るオウム真理教が事件を起こすと、仏教界や仏教系の新宗教団体はなぜ何も言わないのか、という声が起こる。「キリスト教」を名乗る団体が霊感商法事件を起こすと、一般のキリスト教団体はなぜ発言をしないのかと言われる。
しかしこういう質問は、第一に宗教者がテレビなどで目立つような「発言」をしないという意味の場合が多い。それは少々無理な注文なのである。例えば私個人はよくテレビや新聞・雑誌で発言する。しかしそこで「キリスト教」という立場を出したことは一度もない。
いちばん望ましいのは、各宗教・宗派が、いろいろな事件のたびごとに、マスコミが取り上げてくれようとくれまいと、自分たちの内部で(機関紙等に)しっかりした見解を表明することだ。そうすれば信徒は確信がもてるし、マスコミもいずれは注目する。
もうひとつは、たとえ自分のところとは系統が違うカルトの問題であっても、人間の救済を願う宗教者として、被害者の悩みを親身になって聞く姿勢である。そうすれば相談は必ずやってくる。ただしここで大切なことがひとつある。こういう相談は宗教者としての無償の奉仕なのであって、ぜったい自分たちの宗教を押付けるチャンスなのではないということである。私は、新宗連の中にそういう姿勢でカルト問題に対処して下さっている団体を知っている。
最後に、カルトは私たちにとって正に「他山の石」だと思う。私の属するキリスト教も、かつては「地獄の沙汰も金次第」とばかり「免罪符」を売ったことがあった。また魔女狩りや異端の処刑もした。しかし、もし今日それをしたら犯罪と見なされる。私たち自身の中に、時代遅れの「常識」がまだ生きていないかどうか。そういう反省なしに、私たちにはカルトを批判する資格も、社会の信用を保つ道もないと思う。
「新宗連の歌」募集
結成50周年に向け
奮ってご応募ください。
新宗連では、明年の結成五十周年に向け、記念事業の一環として、「新宗連の歌」を広く募集いたします。
〈歌詞の内容〉
(1)新宗連結成五十周年記念テーマ『いのち輝く21世紀』にふさわしいもの
(2)信教の自由、宗教協力、国民皆信仰、世界平和という新宗連の根本精神を表現したもの
(3)新宗連活動の中で、みんなで歌えるもの、誰もが覚えやすいもの
(締 切 り)
2000年5月20日(当日消印有効)
(送 り 先)
〒151―0053
東京都渋谷区代々木5―57―10 新宗連事務局
(応 募 作 品)
応募作品には、氏名・年齢・職業・住所・電話番号・所属教団を明記のこと。
(発 表)
新宗連理事会で決定後、「新宗教新聞」六月二十五日号紙上で発表。優秀作品には記念品を贈呈。
(問い合せ先)
新宗連本部事務局「新宗連の歌」係。
電話03―3468―5551。
いのち輝く21世紀
新宗連理事会 結成50周年のテーマ決まる
第21期第5回 事業・予算を可決 全国総会は東北総支部で

財団法人新日本宗教団体連合会(新宗連、深田充啓理事長)は、十七日午後二時から東京・杉並の立正佼成会法輪閣で、第二十一期第五回理事会を開催。結成五十周年のテーマを決定したほか、来年度事業計画並びに予算を決定した。同事業計画では、二〇〇一年に迫った「新宗連結成五十周年」に向け、具体的な準備に着手していくことが申しあわされた。
会議に先立ち立正佼成会大聖堂に参拝、同会の儀式による読経供養のあと、故庭野日敬新宗連名誉理事長の遺影の前で献花を行った。
このあと理事会会場の法輪閣第一会議室に移動し、世界平和の実現を祈念する黙祷をもって理事会を開会した。
会場提供の立正佼成会・庭野日鑛会長が歓迎のあいさつ。ついで深田理事長が開会のあいさつを行った。このなかで同理事長は「新宗連結成五十周年に向け、御木徳近先生・庭野日敬先生が示してくださった『宗教協力』の成果を私たちは残していかなければならない大きな任務を受けています。ともに理解しあい助けあってよりよい新宗連を目指してまいりたい」と述べた。
続いて、委嘱状の伝達が行われ、新任の近畿総支部・鉢呂神龍会長、家子新太郎・中部総支部事務局長、沼田雄司・北陸総支部事務局長を代表して、沼田氏に委嘱状が深田理事長から手渡された。
事務局長に天谷忠央氏
前回議事録を承認したあと、審議に入り、南佳伸氏に代わり松原通雄立正佼成会渉外部長を評議員に選出、また事務局人事として、事務局参与の天谷忠央立正佼成会理事が事務局長に就任した。
企画委員会作成の来年度基本事業計画及び事業方針・事業計画、会議日程の各案を田澤豊弘企画委員長が提出し原案通り可決。結成五十周年のテーマを「いのち輝く21世紀」とすることを決定した。ついで、酒井教雄財務委員長が予算案を提出、原案通り可決した。
また、東北総支部の受け入れで全国総会を行うことが決定し、保積秀胤東北総支部会長が歓迎のあいさつを行った。また、昨年十月の本年度全国総会決算案を了承した。
報告事項では、総支部推薦評議員の新旧交代が報告され、また、「第十二回教団人セミナー」(三月二日〜三日)の開催を報告。このほか、政治委員会から各種選挙における新宗連の推薦基準が発表された。事務局から消費者契約法、トルコ及び台湾地震被災者の救援基金、ニューメディアセミナー、世論調査の報告と説明が行われた。最後に新宗連青年会から来年度事業計画と活動予定などについて、新井光興委員長が説明した。
会議終了後に、新年初理事会恒例の懇親会が開かれた。
大綱もとに協議 企画委 50周年実施要綱
新宗連企画委員会(田澤豊弘委員長)は、十七日午前十時から、立正佼成会法輪閣で第二十一期第八回委員会を開催した。
はじめに田澤委員長が開会のあいさつ、同日開かれる予算理事会に提出する「平成十二年度事業計画案」ほか、「結成五十周年実施要綱作成」について協議を行った。
「結成五十周年実施要綱作成」では、昨年十月の理事会で決定された「結成五十周年大綱」をもとに、
(1)テーマ案(2)地球環境保全運動案(3)宗教問題電話相談室案(4)記念シンポジウム案(5)総支部記念集会案(6)記念式典案などについて協議を行い、今後、さらに細部について検討を重ねて行くことを申し合わせた。
<財務委>
新宗連財務委員会(酒井教雄委員長)は、七日午後三時から、福岡県筑紫野市の善隣教で委員会を開催、来年度の予算案を審議した。
なお、会議に先立ち、同教の聖堂並びに御霊殿を参拝し、本庁施設の見学を行った。
<政治委>
新宗連政治委員会(新井三知夫委員長)は一月三十一日、午後二時から、東京・代々木の新宗連会館会議室で定例委員会を行い、現在の政治状況について意見交換を行った。
また、政治委員会として議員推薦のガイドラインを作成することを申し合わせた。
全国総支部会議を
新宗連の全国の総支部会長・事務局長による全国総支部会議が十八日午前十時から東京・代々木の新宗連会館で行われ、深田充啓理事長のあいさつのあと、竹野浩市四国総支部会長が議長となり協議を行った。
新宗連同推協(同和推進連絡協議会)主催の人権セミナー次年度受け入れ総支部を奥羽・九州両総支部に決定、結成五十周年記念の総支部・協議会集会について検討した。集会は地域の現状に合わせて、各総支部内で開催内容を決めていく旨、企画委員会に提案することを申し合わせた。このあと本部事務局が、本部と総支部間の情報交換の手段としてメーリングリストを試行していくことを提案。また、次年度決算から使用する決算書式の説明をした。
紀藤弁護士が講演 新宗連ニューメディアセミナー
新宗連の第三回ニューメディアセミナーが一月二十五日午後一時から、東京・代々木の新宗連会館で開催された。
このセミナーは、長足の進歩を遂げている情報通信技術の発展に、宗教団体の広報ばかりでなく、伝道・教育部門でどのような取り組みが必要なのか考えていこうというもの。
この日のセミナーは、弁護士の紀藤正樹氏を講師に招き「宗教のインターネット利用」をテーマに開催された。
紀藤氏は霊感商法や、ライフスペース、法の華三法行などの問題に弁護士としてかかわ
る一方、インターネットと人権問題についても造詣が深い。
セミナーでは、いわゆる「新新宗教」とインターネットについて、オウム真理教などのインターネット利用の実例を示しながら解説した。
近畿総支部 会長に鉢呂神龍氏選出
近畿総支部(石倉恒男会長)は、一月二十七日午後三時三十分から、大阪府富田林市のパーフェクト リバティー教団大本庁左脇殿で、新年総務会を開催した。
会議の冒頭、近畿総支部の顧問である深田充啓理事長が、あいさつに立ち「近畿は一番古い総支部ですので、他の総支部から注目されています。諸先生のご活躍を念じています」と激励した。
ついで、石倉会長が開会あいさつを行い、会長辞任の意を表明した。これを受け、会長人事について審議を行い、総務の鉢呂神龍・天恩教教主を満場一致で選出した。会長を辞任した石倉氏は満場一致で顧問に選出された。
つづいて、立正佼成会の人事に伴い退任する後藤益巳副会長の後任に総務の渡辺恭位氏を選出した。また、新たに滝瀬惠一氏を総務に選出した。
各種報告ののち、審議事項に移り、三月に開催する総会、環境学習会のプログラムなどについて原案通り可決した。近畿総支部では、新宗連が推進した地球環境保全運動第二期五年計画を、阪神淡路大震災の影響で一年繰り延べ、本年三月で終了するため同学習会で総括を行う。また、来年度事業計画について審議を行い、原案通り可決した。
なお、総務会に先立ち午後三時からパーフェクト リバティー教団教祖奥津城を参拝し、新宗連初代理事長であり、今年生誕百年を迎える故御木徳近師に献花をし、遺徳を偲んだ。
都協議会で清掃工場を見学
東京都協議会(坪内成恭議長)は、十九日に都内の環境施設の見学会を行った。同協議会では環境推進委員会(秋田誠二座長)の活動の一環として毎年、清掃工場やリサイクル施設の見学を行っている。
今回は東京都足立区にある民間の廃棄物処理施設「東京リサイクルセンター」を見学。事業系ビルなどから排出される廃棄物を収集からリサイクルに至るまでを一貫処理する同センターの事業内容の説明を受けたあと、施設を見学。
また、午後からは目黒清掃工場の一般見学会にも参加し東京のごみ問題の深刻さを改めて実感した。
WCRP日本委員会 記念シンポなど 今秋の30周年事業
世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会(白柳誠一理事長)は、一月二十九日、東京・杉並の立正佼成会法輪閣で、第六十四回理事会・第六十二回評議員会を開催した。
はじめに全出席者が昨年十月四日に逝去した同委員会名誉理事長の庭野日敬師に対して追悼の祈りを捧げた。このあと、白柳理事長が開会のあいさつを行い、会議に入った。
来年度事業計画案・予算案の審議の後「日本委員会設立三十周年記念事業計画案」を審議。総合テーマを「21世紀:ちがいを大切に、共に生きよう」に決定した。また、記念シンポジウムを十一月二十七日に、記念式典を翌二十八日に開催することを決定した。会場はいずれも京都・国立京都国際会館。
さらに「第二十六回平和のための宗教者研究集会」を三月三十一日、東京・築地の築地本願寺「蓮華殿」で開催することを決定した。テーマは「アンマンから未来へー宗教者の課題と行動」。
報告事項ではWCRP7・アンマン大会報告につづき、平和開発基金運営委員会をはじめ、難民、人権、非武装・和解、開発・環境、広報の各委員会から活動状況が報告され、今後、各委員会の活動を充実させていくことを申し合わせた。
兵庫県協議会が発足 初代議長に正井啓介氏
新宗連近畿総支部兵庫県協議会の発会式が一月二十二日午後一時から、立正佼成会神戸教会で行われ、六教団から約百三十人が参加した。近畿総支部では京都府、和歌山県につづいて三番目の協議会となった。
はじめに、準備委員会で作成した協議会規程案を審議し満場一致で決議。このあと、規程に従って役員選出を行い初代議長に正井啓介パーフェクト リバティー教団神戸中央教会長を選出した。
また、副議長に森田幸伯(円応教)、池田貢一郎(立正佼成会)、中元敏彦(解脱会)、坂上正直(妙道会教団)、井上一(大慧會教団)の五氏を、監事に小西博文(解脱会)、杉浦久予(立正佼成会)の二氏を、事務局長に岡山公俊(立正佼成会)氏を選出した。正井新議長が協議会発足の経緯を述べたあと、「皆さまと手を携え、宗教協力に基づく地域での諸活動を展開していきたい」と就任の第一声を述べた。
森井謹三京都府協議会事務局長が先輩協議会としての活動事例の紹介を説明したあと、深田充啓新宗連理事長が「宗教協力と兵庫県協議会活動に望むもの」と題して記念講演を行った。このあと、井上副議長が事業計画の発表を行い、第一弾の事業として三月十八日からの淡路花博「ジャパンフローラ二〇〇〇」の開催に先立って、二月二十四日に事前見学会を実施することを明らかにした。
アイヌ民族問題でウタリ協会現地学習会 同宗連
『同和問題』にとりくむ宗教教団連帯会議(同宗連=西田伊太郎議長)は、一月二十、二十一の両日、北海道札幌市のウタリ協会などを会場に、第三十七回研修会を開催、十二教団から約四十人が参加した。「同宗連」では、継続課題として民族差別の問題について取り組んでおり、今回はアイヌ民族問題について現地学習会を行った。
笹村二郎・北海道ウタリ協会理事長が基調講演。「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律(略称アイヌ文化振興法)」が制定されるまでの経緯と意義について説明。「私たちは、今のアイヌ文化振興法を有効に利用し、次のステップでは、『先住権』を獲得したい。この権利を欲しいのは、北海道に原住していた証として、誇りを持って生活していくため。そうすることで、アイヌ自身が世の中へどんどん出ていけるから」と述べた。
このあと、会場を千歳市の蘭越生活館に移し、ウタリ協会千歳支部の人々と交流会を行った。千歳支部の面々はアイヌ民族の伝統的な踊りなどを披露し、参加者も踊りの輪の中に入り、楽しいひとときを過ごした。
二日目は、竹内渉・北海道ウタリ協会主任の講演を聞いたあと、北海道開拓記念館の見学を行った。
竹内氏は「新しいサケを迎えるアイヌの伝統的な行事を復活させ、たった一日だけだがアイヌの人々が集まる。そこでは、アイヌの人々が圧倒的多数となり、アイヌの伝統的宗教観がその場を支配するため、アイヌであることを誇りに持てるようになる」と述べた。
ディーン博士が講演 WCRP日本委員会
WCRP日本委員会は、八日午後一時三十分から東京・杉並の立正佼成会普門館で講演会を開催した。
同委員会の持地日精非武装・和解委員長のあいさつにつづき、WCRP軍縮・安全保障国際常設委員会の顧問であるジョナサン・ディーン博士が「戦争のない世界を目指して」と題して講演した。
同博士はまず、「今世紀に二百五十回起こった戦争では、過去二千年間のすべての戦死者より多い二億人以上が殺された」とし、この悲惨な戦争は生まれつき人間に備わった行為ではなく、社会的価値観に基づいて身につけた行為であることを解説した。
また、自ら取り組んでいるプログラム「戦争防止地球行動」を紹介。このプログラムの実現には世界中の市民社会組織と政府の連帯を通して促進する必要があることを語った。
<宗法研>
新宗連宗教法人研究会(宗法研、出居茂座長)は、一月二十七日午後一時三十分から東京・代々木の新宗連会館で研究会と幹事会を開催した。
研究会では龍谷大学の田中滋教授が「宗教団体と信教の自由」と題し講演。政党や官僚と宗教が関わりを持つ意味などを説明した。また、「宗教は世間に教団の良い部分を広報するだけではなく、もっと社会の問題に真っ向から意見を述べて欲しい」と、宗教の公共性について語った。
日宗連で理事会
日本宗教連盟(深田充啓理事長)は一月二十四日午後三時から、東京・代々木の新宗連会館で本年度第七回理事会を開催した。
深田理事長のあいさつにつづき、会議が行われ、諸報告のあと審議に移り、「宗教法人に対する最近の課税問題への対応」、「消費者契約法案への対応」について意見を交換した。
青年会常任委
新日本宗教青年会連盟(新井光興委員長)は一月二十五日午後一時から東京・代々木の新宗連会館で本年度第五回常任委員会を開催した。
まず、立正佼成会選出の種田光一朗常任委員が本園雅一氏と交代する旨、報告がありこれを承認した。
来年度予算を原案どおり可決。ついで来年度の活動予定を協議した。その中で、今年度実施予定だったライフ・ワークショップの開催を来年に持ち越すこと、また「アジア懺悔行の精神の発展・継承」に基づいて昨年九月に行われた「韓国調査団」の報告から、青年会常任委員を対象とした『韓国特使団』を派遣することを申し合わせた。
青関連フォーラム2000 みんなの命を

新日本宗教青年会関東連盟(畔上晃紀委員長代行)は十二、十三の両日、青関連フォーラム二〇〇〇「みんなの命を支える〜私たちに出来る小さな一歩からそして世界へ〜」を開催、七教団から約百二十人が参加した。
十二日午後一時、立正佼成会佼成図書館多目的ホールで開式。畔上委員長代行、稲子知義首都圏総支部会長のあいさつのあと、斎藤京子新宗連青年会事務局長が屋外でアイスブレイキング(参加者の緊張を解き心をほぐす体験学習)を行った。
多目的ホールに戻り、VTR「新宗連宗教協力四十年のあゆみ」を上映。このあと阪神・淡路大震災にボランティアとして参加した立正佼成会大宮教会青年部吉田尚弘さんが体験発表を行った。
吉田さんは「やりたいことが見つからなく、もやもやとしていた学生時代だったが、ボランティアは『自分という存在』を強く感じることが出来た貴重な体験」と語り、「ボランティアは特別なことではなく、人として自然な行為。ボランティアという言葉が日常生活から消え、思いやりに満ちた生活が送れれば素晴らしい」と締めくくった。
また被災者の体験発表として立正佼成会神戸教会前青年部長の中田修由さんが講演。
勤務先のビルが縦に裂け、亀裂を通して中が見えるような状況を語った。次に被災者の立場から見たボランティアの問題点として、「急に来てもらっても逆にボランティアのために仕事を見つけなければなりません。事前に連絡を取り、何のボランティアが必要か連絡を取り合うことが重要」と指摘した。
十三日は五時半に起床。教団別礼拝のあと、朝食を済ませ大聖堂に参拝。三台のバスに分乗して立川市の昭和記念公園へ到着。見学先の東京消防庁立川防災館まで「ブラインドウオーク」体験をした。参加者からは、「最初は怖かったが、上手にガイドしてもらえた」「目が見えないと、足の裏や耳の感覚が敏感になる」「目の不自由な人が困っていたらうまくガイドしてあげたい」などの感想が聞かれた。
立川防災館では「防災ミニシアター」「消火訓練」「応急救護訓練」「地震体験」「煙体験」のコーナーを半日かけて学習し、午後一時から閉講式を行った。
瀋陽へ旅立つ 青年平和使節団
新日本宗教青年会連盟(新井光興委員長)の第十五次アジア(中国)青年平和使節団の一行十人は二十日午前十時五分、関西空港発で中国・瀋陽に旅立った。
参加者は、深田惠子団長(円応教)のほか、石倉寿一(大慧會教団)、荒井由行、林洋平(妙智會教団)、本園一光、吉本博、竹野貴則(立正佼成会)、中濱博行(円応教)、斎藤京子、那須弘友紀(事務局)の各氏。
出発前日の十九日午後一時、泉大津市内のホテルに集合し、事前学習会・結団式を行った。はじめに深田団長があいさつを行い、「団員同士、心のふれあいを深め、戦争犠牲者の方々に慰霊の誠を捧げ、平和への誓いを新たにさせていただきましょう」と述べた。
一行は二十日、瀋陽に到着したあと、寝台列車で哈尓濱に入り、佳木斯、北京を経て二十七日に帰国する予定。
青近連で環境現地学習
新日本宗教青年会近畿連盟(小池繁昭委員長)は一月二十九日、滋賀県甲賀町の瀬古酒造で環境現地学習会を開催した。青近連はこれまで近畿の水がめである琵琶湖に関心を持ち、滋賀県環境生活協同組合での学習会や葦の群生地見学、琵琶湖博物館の見学会などを実施しており、今回も人と水との関わりを考えようと実施した。
瀬古酒造は、琵琶湖に注ぐ野洲川上流にあり、鈴鹿山系の清水を利用している。午前十一時、集会所で社長の瀬古多聞氏が説明を行い、生協と提携して酒を販売していること、伝統的な醸造法で酒をつくっていることなどを解説。また、自然破壊が琵琶湖と人との共生を難しくし、伝統的な文化の破壊にもつながっていることを述べた。
そして、「河川の浄化機能が自然破壊と改修によって失われてしまった。その結果、醸造の過程で出る白い排水がそのまま琵琶湖に注いだことがあった。そのため、機械を購入し、排水をきれいにして川に流している」と環境保全に気を配っていることを述べた。
このあと、別棟の工場へ移動し製造工程に沿って洗米室、麹室等を見学し、最後に無添加の清酒を試飲した。
視 点
オウム真理教(アレフに改称)の麻原教祖(松本智津夫被告)の次女と三女が、長男誘拐の容疑で逮捕され、ライフスペースの高橋弘二元代表ら八人が逮捕された。連日こうした問題教団に関連する報道がマスコミをにぎわしている。
かつては、統一教会の合同結婚式、そして霊感商法・霊視商法にまつわるトラブル。オウム真理教が登場すると、坂本弁護士事件、サリン事件、あいつぐ警察による大々的な捜査、そして破防法適用の問題。ついにはオウム新法の登場となった。
この半年でも、ホテルでのミイラ化遺体事件のライフスペース、詐欺容疑での法の華三法行への強制捜査、さらにまた、加江田塾のミイラ化遺体事件。数々の事件がテレビのワイドショー番組などで連日取り上げられ、スポーツ紙、週刊誌に大きな見出しで記事が掲載される。
こうした宗教を巡る事件報道の氾濫により、宗教に対するイメージが悪化している。本紙一月二十五日号で報じた、文部省の科研費の助成を受けた宗教学者による調査と新宗連の調査に見られるように、一般国民の宗教団体の認識には、大変厳しいものがあり、特に新宗教に対するものは嫌悪感すら示すものも少なくない、という結果であった。
問題教団による、事件あるいはトラブルを直接他の宗教団体にあてはめて考えるということはないにしても、「宗教」に対する悪いイメージは次第に他の宗教に対するものにも浸透していっている。
一方、健全な宗教活動を展開している教団、人心の救済を実践し、社会に貢献している宗教団体の活動は、こうしたマスメディアに取り上げられることは、ほとんどといってよいほどに無い。テレビ番組では「放送倫理基準」によって特定宗教の事がらについて取り上げられないことになっており、他のメディアでも特定教団の宣伝になってはいけないとの配慮があるようだ。
こうしたことで、メディア上には宗教の悪い側面しか登場しないということになるのである。宗教界として、こうした状況に手をこまねいていてよいものなのであろうか。
かつて、木造家屋が中心であった時代には、宗教団体の式典や集会は回り近所から丸見えであった。天理教の鳴り物の音、唱題の声、僧侶の月詣りの木鐘の音、一昔前の音の原風景といったところだ。建物の近代化、社会全体の都市化が、宗教を社会から隔離してきた側面がある。こうした状況下では宗教自らが、社会一般に伝えるべき事がらをあらゆる機会を捕らえて伝えていく努力が必要になったのではないか。
また、具体的な課題として考えなければならないと思うのであるが、毎年行われる宗教法人への税務調査結果の発表に対するものである。国税庁の発表の仕方に問題があったとしても、宗教界として、宗門、連盟、あるいは連合会として、「宗教法人の脱税はあってはならないこと。今後是正する努力をします」といったコメントを発表しないのであろうか。それにとどまらず、あらゆる社会問題に積極的に発言していくことが、宗教への信頼の回復につながるのではないだろうか。 (廣橋 隆)
<玉光神社>

東京都三鷹市の玉光神社(本山博宮司)は、三日午後二時から節分祭を挙行した。
本山宮司に代わって本山一博権宮司が斎主をつとめ、修祓、降神願い、献饌、祝詞奏上を行った。つづいて参列者全員で大祓詞を奉唱し、斎主と信徒代表が玉串を奉奠した。このあと斎主による昇神願い、教祖・豊玉照妙光之神参拝が行われた。
参列者全員の玉串奉奠につづき豆まき。白装束に身を包んだ年男が神前に供えらていた福豆の枡を手に取り、「鬼は外」の掛け声とともに、神殿、境内各所で豆まきを行った。
講話を行った本山権宮司は、「節分祭は、自然の持つ生命力と霊的な交流をはかる祭りです。生命の再生をはかる祭りを一人一人が自分のものとして捉えていくことが大切です」と節分祭の意義を説いた。
<法 公 会>
愛知県知立市の法公会(榊原法公会長)は、六日午前十時から節分厄除祈願祭を執り行った。
聖仏舎利宝塔、教祖殿での読経のあと、場所を本殿に移し、はじめに厄除祈願の読経を行った。婦人部の「御詠歌」奉納につづき、榊原会長が登壇し法話、「どんな悪いことが起きても次は必ず良くなると信じて夢と希望に生き、心の太陽を沈ませてはいけません。哲学者の内村鑑三氏が『泥土の下に岩盤あり 雲霧の上に太陽あり』と言っていますように、人生がどんな泥沼になってもその先に必ず救いがあります。絶望と救いは紙一重です」と述べた。
昼食のあと、榊原会長の「お祓い」を受けた本年厄年を迎える祈願者代表らが、福豆のほか、飴玉、落花生などをまいた。参列者は歓声を上げながら豆などを拾い上げていた。
<心 道 教>
愛知県豊川市の世界心道教(会田政美教嗣)は、六日午前九時三十分から本部で節分祭を挙行した。
全国から多くの信徒が参集するこの式典は、「御神殿」と「親様講堂」で一時間置きに三回に分けて行われた。
斎主をつとめる会田教嗣が入場して開式。榊舞のあと、厄除けと今年の豊作を願う「星祭り種物」の祝詞を奏上した。
全員で「むほん払いつとめ」を行ったあと、数え年三十七才と七十三才の年男が神殿に供えられた「福豆」を手にして「豆まき」の儀式。実際に豆をまくのではなく、全員で四方八方を向き「親様」「十社様」などに「福は内、鬼は外」と掛声をあげ、心の鬼払いを誓った。
会田教嗣は「お言葉」で「本当の鬼は皆さんの心の中にいます。その鬼を追い出して、親様のご利益を頂くのが心道教の節分です」と節分祭の意義を説いた。
このあと、参列者に福豆と「お下がり」の景品の抽選券が配られた。景品は昨年末の「天下り献穀祭」で、一年間の感謝として全国の教会・支部から献上された農産物や家庭用品など。参列者はたくさんの「お下がり」の品を手に帰路に着いた。
<天 心 教>

大阪府羽曳野市の天心教(天元教主)は、三日午後二時から古市本庁の神前で星祭節分大祭を斎行した。
修祓、斎員による各種祝詞につづいて、天元教主が「星祭詞」を奏上した。さらに天元教主が天狗の面をつけ、真剣の神刀をふるって魔を払い、招福を祈願した。参列者が順次玉串を奉奠したあと、天元教主、年男、年女が威勢よく豆をまいた。
式典後、天元教主が講話、「根気よく、これからを足元確かに日暮しをしていただきたい」と述べた。このあと、教主、斎員が神前脇の護摩壇で、般若心経などを唱えながら、信者から寄せられた護摩木を焚き上げ、所願成就が込められた人形(ひとがた)一体一体を祈願した。
<解 脱 会>
解脱会(岡野聖法法主)では、三日、全国の直轄道場で一斉に節分会が行われた。
東京・四谷の解脱会本部では、同会会員のほか、地元町会からも参加。福豆を歓声を上げながら拾いあった。
午後一時開式。稲子知義内務局長をはじめ、地元町会長、年男が裃をつけて入場。礼拝のあと稲子内務局長があいさつに立ち、「陰極まれば陽に転ずと申します。どうぞ気持ちだけは明るく新世紀を迎えたい」と語り、同会独特の「三声一声」について説明した。
「解脱会では会祖・金剛様から『鬼はいない』と教えて頂いておりますので、福は内とだけ声をかけます」と述べ、「自分の内にある鬼をどうおさめるか。先人のおさめてこられた道を間違うことなく、私たちの世代の責任として感謝報恩の思いで進んでまいりたいと思います」と語った。このあと年男が元気よく豆をまいた。
また、第二部では、女性会員によるフラダンスの披露も行われ、会場は南洋ムードで一杯となった。最後に沢山の豪華景品が並ぶ大福引会も行われ、春を迎える笑い声が会場一杯に響きわたった。
<佼 成 会>
東京・杉並の立正佼成会(庭野日鑛会長)は、三日午後一時から、本部大聖堂で節分会を執り行った。
はじめに会員綱領、会歌斉唱についで、庭野会長を導師に方便品・如来寿量品・陀羅尼品の読経供養を行った。
つづいて庭野会長が法話、次に毎年恒例の赤・青・黒三匹による鬼のコントで会場が沸きあがる中、鬼たちの合図で大聖堂にいる会員全員で「会長先生」の掛け声。すると、裃姿の庭野会長が登壇、大聖堂の本尊に『福は内』の発声とともに三回豆をまいた。つづいて、酒井教雄理事長、各理事・役員に加え、今年の年男が一斉に豆をまいた。
<大 慧 會>
大阪府堺市の大慧會教団(石倉恒男会長)は、三日午前十一時三十分から本部・本殿講堂で第四十九回節分祭を執行した。
点鐘で開式。石倉会長による慶白文の奏上につづき、石倉寿一青年部長が導師となって参列者全員で大乗経典を奉読した。
ついで、刀身に「妙法蓮華経如来寿量品第十六」の偈が刻まれている真剣で石倉会長が「御究呪の法」を参列者に授けた。
会員代表による決定表明のあと、石倉会長が登壇し、法話。真剣の縁起と刻まれている偈の意味にふれ、「仏様の気持ちが常に衆生をして、速やかに法華経に帰依して自分と同じような(仏の悟りを得た)立場にしてあげたい、共に幸せになってもらいたいと念じています。どうぞ、皆様も仏様の願いにかなうことを念願にご精進いただきたいと存じます」と述べた。
このあと、石倉会長夫妻、副会長らが、司会の「南無妙法蓮華経、福は内」というかけ声とともに、「福寿豆撒の儀」を行った。
<晃 妙 寺>
大阪府枚方市の天顕山晃妙寺(松本晃芳教主)は、二、三の両日、本部本殿で星祭節分大祭を執行した。
二日午後六時三十分からは「星まつり」。松本教主の導師で読経供養を行ったあと、題目が唱えられ、団扇太鼓が力強く打たれる中、所願成就の祈願者、「九星」で本年の黒星にあたる特別祈願者の名前を一人ずつ読み上げながら、除災求福を祈願した。
この間、境内地の一角で信者各家から寄せられた護摩木が焚き上げられた。
翌三日は、午前十一時から本殿で星祭節分大祭。
本年の黒星信者をはじめ、祈願者の除災を祈念したあと、裃姿の信者が御神酒を拝受し、参列者に向かって一斉に豆をまいた。
<妙 智 會>
東京・代々木の妙智會教団(宮本丈靖会長)は三日午後一時から、節分追儺式を行った。
宮本会長が導師となって、祈願、「如来寿量品第十六」を読誦、祈願文を奏上した。
来賓あいさつにつづいて宮本会長が指導、大寒からつづけられてきた寒修行がこの日をもって満行となり、会員一同の労をねぎらい、「短気短命といって怒りっぽい人は長生きしません、気を長くしてニコニコ笑って長生きしてください」と述べた。
このあと、追儺の儀。会場の本殿、ステージのほか、二階席、地下の修行道場、ロビーなどを埋めつくした信者に向かって、宮本会長、教団役員や佐久間良子、せんだみつを、デーブ大久保など、多数の来賓が、「鬼はー外、福はー内」の掛け声とともに豆をまいた。
<真 生 会>
真生会(岐阜県岐阜市彦坂、田中偉仁会長)は六日、総本山真生寺はじめ全国教会で厄除け節分祭並びに護摩供養式典を行った。
真生寺では、午前十時三十分から護摩供養、同十一時三十分から厄除け祈願を行い、午後一時から本堂前庭で豆まきを行った。
豆まきでは、田中会長が「今日は雨となりましたが、晴れたら…と思う心こそ、思い通りにしたいという心の中の鬼。今日は鬼を払ういい機会です」とあいさつした後、田中会長を中心に白い法被を着た約六十人の厄年にあたる男女が、「福は内 鬼は外」の掛け声とともに福豆をまいた。
また、袋づめされた福豆の中には、番号の書かれた当たりくじが入っており、鬼をすっかり追い出した笑顔のあふれる中、番号クジと引きかえに景品が授与された。
< 掬 営 界>
大阪府交野市の掬営界教団(林瑞光教主)は、三日午前九時三十分から紫雲山光明閣で節分厄除祈願祭を斎行した。
太鼓の音が鳴り響き、斎主、斎員が入場して開式。「御降神諄詞」奏上、修祓ののち、林教主が神前の厄除守護符の前に榊をかざし、除払祈願を行った。節分厄除祈願祭諄詞奏上、参列者全員による朝夕礼拝諄詞奏上のあと、同教主が「勤行要文」を奉読した。
小憩をはさみ、林教主が参列者一人ひとりに、真者の一年の願い事が書かれている厄除け守護符を授与。参列者は三宝いっぱいに盛られた福豆を各自袋につめ、帰路についた。
<天 真 教>
三重県上野市の天真教(神出修二教主)は、四日午前十時から平安城神殿で星祭祈願祭を斎行した。
祝詞、修祓につづき、神出教主が神前で特別祈願。無病息災、会社繁栄、世界平和などを願う信徒一人ひとりの名前を呼び上げた。「御神楽歌」にあわせて神出教主夫人が神楽舞を奉納したあと、祈願者の代表が玉串奉奠を行った。ついで、「天真大真義文」、般若心経を参列者全員で唱和。神出教主が「七福の鈴のさずけ」を行った。
式典後、剣持、槍持が屋外に「鬼は外」と豆を撒いたのち、斎員らが「福は内」と参列者に向かって、一斉に袋に入った豆を撒いた。
昼食をはさみ、恒例の福引き大会が行われ、引いたクジの番号の賞品が紹介されると、会場からは歓声が沸き起こった。
<捧 誠 会>

東京・池袋の修養団捧誠会(出居茂総裁)は、三日午後二時から本部・平和郷「ご神前」で追儺式を斎行した。
出居総裁、役員につづき、年男十二人、年女二十五人が入場。面と衣装をまとった「お福さん」と「大黒天」が加わり、式典の雰囲気を盛り上げる。
礼法、開式の辞についで出居総裁が「いのりのことば」を、平賀清隆教学院長が「教祖礼拝の詞」を奏上した。
修祓の儀、玉串奉奠についで「おことば」に立った出居総裁は、「鬼は外で福だけ来て欲しいと誰でも願いますが、鬼も福も自分の心が生み出しているのです」と述べた。
つづいて「福を頒つ」の儀式。出居総裁の「鬼は反省、内は感謝、福は実行」の場内に響き渡る掛声を合図に、年男、年女、役員、「お福さん」「大黒天」が参列者一人ひとりに福豆、みかん、餅を手渡した。また今年は、感謝の気持ちとして会員から送られたチョコレートも併せて配られた。
このあと、年男、年女は記念撮影ののち、談話室で出居総裁を囲んで直会。十二年に一度のひとときを過ごした。
<救世真教>
群馬県箕郷町の救世真教(新井三知夫会長)は、三日午前十時から、本部・救世殿(みろくでん)で節分祭を挙行した。救世太鼓が鳴らされ開式。信条唱和、献饌、玉串奉奠につづき新井会長が節分祭祝詞を奏上。ついで参列者全員で天津祝詞、善言讃詞を奏上した。
真鏡拝読、体験発表ののち、「御教え」に立った新井会長は「豆まきの際『福は内』と唱えますが、笑いのある和やかな家に福は入りやすいのです。また、節分は折り目、節目を正しくとることを確認する日でもあるのです」と述べた。
このあと、新井会長、祭員、年男、年女によって賑やかに豆まきが行われた。
<大和教団>
宮城県仙台市の大和教団(保積史子開祖)は、三日大和神光殿と大國神社で数回にわたり節分祭を行った。
保積秀胤教主を先頭に、年男、年女が「大黒さま」の衣装をまとって、「鬼は外、福は内、みのれ、みのれ、みのる」とかけ声を掛けながら、豆、菓子、餅、みかんなどが次々とまかれた。
節分祭恒例のくじ引きも行われ、会場から歓声がわき起こるなか、保積教主から、景品が参列者に手渡された。
松緑神道大和山 初代教主の三年霊祭
神業に全信徒一丸で
青森県平内町の松緑神道大和山(田澤豊弘教主)は、一月二十二日と二十三日の二回にわたり、同本部・神集閣で「初代教主大和小松風先生三年ご霊祭」を斎行した。
同教団の初代教主で新宗連理事長をつとめた田澤康三郎師(法名・大和小松風)は、一九九七年(平成九年)一月二十二日、八十四歳で逝去した。
三年霊祭は午前九時五十分に開式。四囲の山々は、三年前と同じように白い雪でおおわれていた。はじめに今清代表総務があいさつ、つづいて故田澤師の生涯にわたる活躍を記録したビデオ「松籟(しょうらい)天翔賜う」が上映された。ありし日の田澤師の姿が次々と映し出されるにつれ、多くの参列者が目頭を押さえていた。
祭儀は、田澤豊弘教主が祭主となって執り行われた。白菊でおおわれた祭壇中央に故田澤師の大きな遺影を安置。左右に置かれた松の緑が一段と鮮やかであった。
はじめに全参列者が鎮魂祈願の黙祷を捧げた。修祓、招魂の儀につづき、献饌の儀。北海道から九州まで、各教区から故田澤師に捧げられた特産の品々が祭壇に供えられた。
大和山聖歌「祈りの歌」奉唱のあと、田澤教主が祭文を奏上し、ついで玉串を奉奠した。
このあと教団を代表して今清代表総務が「偲びの言葉」を述べた。今氏は、祭壇の遺影に向かい、「初代教主さま、教主さまが神界にお帰りになられてから三年の歳月が過ぎ去りましたが、追慕の念はますます強くなるばかりです」と述べたあと、現在、法灯を継承した田澤豊弘教主を中心に新しい事業を推進していることを報告。最後に、神業達成に向け「全信徒が一丸となって精進することを誓います」と決意を表明した。
小憩のあと、田澤教主が「ご垂教」を行った。同教主は、三十二年間にわたり教主の座にあり、生涯一五一冊の著作を著した田澤初代教主の教団内外での多くの功績を称えたあと、「私たちは、初代教主さまの足跡をしっかりと見つめ、一人ひとりの信徒が心を清め、心に光りたたえ、歩んでいきましょう」と参列者に呼びかけた。
同教団では、教祖・田澤清四郎師、初代教主・田澤康三郎師、さらには全信徒の奥津城となる新「光霊殿」の建設を進めており、来年六月に竣工の予定。
神ながら教 教祖さま生誕祭
在りし日の講話
名古屋市東区徳川の神ながら教(水野富久子教主)は、一月二十五日正午から本部大広前で「教祖様生誕祭」を挙行した。
同教団の教祖・水野房師は一八八三年(明治十六年)のこの日、広島県三原市で生まれ、一九一一年に神示を受けて救いの道を歩むことを決意し、四八年(昭和二十三年)同教団を創立。七〇年七月二十四日逝去した。
六人の斎員が入場して開式。修祓、献饌、祝詞奏上につづき、斎主をつとめる水野教主をはじめ、代表者が玉串を奉奠した。一同で讃仰歌を奉唱したあと、在りし日の水野教祖の講話を拝聴した。
水野教主は「みさとし」で「現在、寒行中で大勢の方の祈念をしております。一人でも多くの方が教祖様の『みおしえ』にかなった信仰者になるよう、今年一年間頑張ってまいります」と抱負を述べた。
折茂師の二年祭 大日然教で厳かに
大日然教教主故・折茂正光師の二年祭が東京・西新宿の大日然教本部で、十九日午後一時から執り行われた。
定刻、太鼓の音が開式を告げ、参列者一同で「大日然教奏上詞」を奉唱、祭主に代わって酒井報恩会会長が「二年祭詞」を奏上、一同で大日然教奉唱歌を斉唱した。
このあと、祭主の折茂美枝・代表役員代務者、報恩会代表、来賓の順で玉串を奉奠した。
解脱会 61回目の太陽精神碑建立の記念祭
東京・四谷の解脱会(岡野聖法法主)は、十一日午前、埼玉県北本市の「御霊地」で、「第六十一回太陽精神碑建立記念祭」を挙行した。
「太陽精神碑」は、一九四〇年(昭和十五年)に建立除幕式が行われ、毎年この日に記念式典が行われている。同会会祖の岡野聖憲師は、「太陽はすべてのものを育成する源である。与えて求めぬ太陽の心を心とせよ」という教えを信徒に示した。
午前十時から、「太陽精神碑」前で儀式が行われ、岡野法主が奉告文を奏上。また、同十時三十分からは、「御霊地」の「お山」で、関東地区七つの教区の鼓笛隊やマーチングバンドが入場。祭典ムードを盛り上げた。
午前十一時、「記念式典」が開式。「君が代」、「太陽精神碑の歌」斉唱のあと、会祖「解脱金剛尊者の御声拝聴」につづき、岡野法主が誓願文を奏上し、礼拝行事を行った。
岡野法主が式辞を述べ、来賓代表の辞につづいて、全員で解脱会「会歌」を斉唱。万歳三唱をもって式典を終了した。
このあとの直会では特製「五穀がゆ」や名物の「五色うどん」が人気を集めていた。
立教49年祭を厳修 妙道会教団 「妙法顕現」めざし
大阪市天王寺区の妙道会教団(佐原慶治会長)は、四日午前十時半から滋賀県栗原町の聖地で立教四十九年祭を厳修した。
献灯、鏡餅奉献の儀、導師入場につづいて、佐原会長が登壇して祭文を奏上した。読経、導師位授与、教会長への委嘱状授与などのあと、佐原会長が「教示」を行った。
佐原会長は、「年頭から立教の原点に立ち帰ってと申しておりますが、発会に参加された方の大半は霊界に帰られました。私自身が立教の原点に立ち帰るという気持ちを披露させていただくことによって、これからの教団の発展を支えさせていただくという意味で申しております」と述べ、同教団が年頭スローガンとして掲げた「妙法顕現ー新たなる立教めざして」の意義を説明、「素直な心をもって、しっかり手をつなぎ、大法のため歩ませていただきたいものです」と結んだ。
参列者全員で「誓訓」「三大誓願」を唱和した。
「思親」の重大さ 思親会開教62周年を祝う
神奈川県伊勢原市の思親会(飯島正三会長)は、十一日午前十一時から思親大宮殿・大孝堂で開教六十二周年記念式典を挙行した。
棲神壇上には玄題旗、支部旗などがならび、「導き育てよう一人が一人を」「我らは世尊の使なり」の二本の垂れ幕が掲げられた。
全員で開教讃歌を斉唱、献花献香の儀についで、導師の飯島会長が入場し、一同で読経供養した。
昼食をはさんで第二部。会員綱領を唱和したあと、支部長が交代する飯能支部の役員に飯島会長から諸尊体が授与された。
今年五月に落慶する北海道修行道場の建設過程を伝えるビデオが上映されたのち、同道場の建設に尽力した神常慶・責任役員が代表法話を行った。
「ご親教」に立った飯島会長は、井戸清行開祖が教団を開教するまで、また、釈迦が悟りを開くまでの困難を語ったあと、「国の滅亡は教育の失敗から起こる。教育の根本は親孝行。『思親』の重大さを人々が知るときが近い。勇気と誇りを持ってみ教えを伝えるよう精進してください」と述べた。
このあと、全員で「我らは世尊の使なり」を唱和し、今後の精進を誓った。
敬心会で初午
東京都江東区の敬心会(吉田霊朝教主)は、二日午後六時から本部神前で、初午大祭を執り行った。
初午祭は春の農事に先駆け「稲荷大神」に五穀豊穣を祈念する祭り。
定刻、吉田教主が臨席するなか、祭主の山本道雄責任役員はじめ、祭員が入場して開式。参列者が低頭する中、祭員が大祓祝詞、天地清浄祓祝詞を奏上。ついで山本責任役員が五社稲荷祝詞を奏上したあと、信者の商売繁盛、家内安全を祈って「御神刀」による「霊光霊力祈念の儀」を行った。
祭主の玉串奉奠、参列者全員による「敬心会モットー」の奉唱、巫女舞の奉納につづいて吉田教主が講話を行った。
「人間にとって一番大切なものはいのちです。このいのちは、神さまからの預かりもので、これを支えていくのが毎日の食物です。素直な気持ちで、明るく毎日を過ごして行きましょう」と述べた。
小憩のあと直会となり、なごやかな雰囲気の中、参列者は一年間の精進を誓い合った。
全国初の指導者養成 日本環境フォーラム
「自然学校」対象に 全35日間第1期13人で
地球環境問題が年々深刻の度合いを深める中、将来への希望につながる新しい活動が増えてきている。全国に広がる「自然学校」もその一つ。各地の自然学校で現場に立つ、指導者の養成をめざし、社団法人・日本環境教育フォーラム(北野日出男理事長)は、日本で初めての試みとして、「自然学校指導者養成講座」を開講した。
環境問題の解決に向けた教育・学習活動は、広く「環境教育」と呼ばれているが、「自然学校」活動はその中でも重要な位置を占めている。 さまざまな自然体験型プログラムをとおして、自然に親しむ方法を習得する一方で、自然からのメッセージを全身で受け止め、人間の感性をより豊かなものとしていこうとする活動である。
小中学校の週5日制に向け
また、知識詰め込みの環境教育ではなく、「見る」「聞く」といった五感を大切にし、生態系の営みからライフスタイルの変革まで、幅広い視点から環境問題の克服を目指している。
高度経済成長期以前の日本では、至るところに野原や里山があり、子どもたちの格好の遊び場であった。ドロンコまみれとなり、日が暮れるまで仲間と一緒に遊ぶ中で、子どもたちは自然への感性を養うことができた。同時にそこは子どもたちにとって、人間関係を習得する貴重な場でもあった。
だが、子どもたちにとって遊ぶ「空間」「仲間」「時間」という「三間(さんま)」がない現代では、自然学校は環境教育において大きな役割を担おうとしている。
日本環境教育フォーラムが一月二十四日から実施した「自然学校指導者養成講座」は、全日程三十五日間で、基礎と専門をあわせ各八課程が必修となっている。
受講生は、自然解説プログラムの企画立案から実施、さらには安全対策、記録と評価、マネージメントに至るまで五十四の課目について学ぶ。四月からは、全国六つの自然学校に配属され、約一年間の実習を経て、同フォーラムが認定する「自然学校指導者」の資格を取得する。
今年度は、百人を超える応募者の中から、論文審査と面接を経て、第一期生十三人が選ばれた。受講生は二十三歳から六十二歳まで幅広い年齢層にまたがっている。平均年齢は三十三・二歳。
二月一日から四日間にわたり、東京・代々木の新宗連会館を会場として行われた基礎課程では、「つなぐ技術」がテーマ。講師は日本レクリエーション協会の河原塚達樹氏で、「アイスブレイキング」の手法について実習を行った。
河原塚氏は、プログラムを始める前のたわいのない遊びが人と人との緊張を解きほぐし、コミュニケーションを円滑にしていくプロセスを、実際に種々のゲームをとおして解説。受講生は、豊かなコミュニケーション力をもって、グループで楽しく学びあっていく手法を学んだ。
いよいよ二〇〇二年四月から、小・中学校の週五日制が実施に移され、週末を利用した自然学校活動も急速に拡大していくことも予想される。
それだけに環境教育分野において、人間と自然、人間と人間、さらには人間と社会との深いつながりへの気づきを促していく指導者の育成が急務となってきている。
この四月から、十三人の受講生は実習生として、各地の自然学校で新たな一歩を踏み出す。
澄禅セミナー開催 「佐々井秀嶺の思想」
十九日、澄禅セミナーの特別企画「佐々井秀嶺の思想」が東京・代々木の新宗連会館で開催され、ビデオ上映、トークショーを行った。
滋賀県蒲生郡の澄禅律院の左藤滋光住職は、三年前の一九九八年三月、十四人の信徒とともにインドを訪問。大乗仏教の祖・龍樹菩薩の聖地ナグプールで仏教復興運動〓反カースト運動のリーダー佐々井秀嶺上人と出会った。
このとき左藤氏は仏像出土により掘られた聖土を拝受。また、左藤住職に縁のある信徒の頭髪を聖地に奉安した際、佐々井上人は「納髪を記念し塚を立ててあげます」と場所を提供、記念塔を建立、仏縁を結んだ経緯がある。
この日、映像プロデューサーの田口直道氏と作家の北之口太氏が出席。田口氏は九四年はじめてインドで佐々井氏と出会い、ドキュメントVTRを製作した。北之口氏はビデオ上映に合わせ解説をした。
このなかで北之口氏は「インド人口約九億のうち、約八十三%がヒンズー教徒であり、仏教徒は約一%といわれている。その仏教徒たちのほとんど全てが改宗したばかりの被抑圧カースト出身者」とインドの宗教状況を説明した。
このあと「ブッダがその地で悟りを開いたことを記念して建てたマハーボディ寺院をヒンズー教徒から仏教徒の手に取り戻そうとする『ブッダガヤ奪還闘争』は、彼らの権利獲得を目指した運動の一環」であるとブッダガヤでの宗教紛争と伝えられた事件の背景を説明した。さらに「渡印して三十五年、三度の国外退去処分を乗り越えインドに帰化し、この運動を平和的かつ強力に進めている仏教徒の指導者が佐々井秀嶺氏」と解説した。
また佐々井上人の人柄について触れ、「釈尊のように歩いて歩いて、苦しみ悲しみを持つ人に出会い、求道者として生き、仏弟子として死にたい」という言葉を紹介した。
以上は新宗教新聞の抜粋です。一部紙面と内容が異なる場合があります。ご了承ください。
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