20世紀最後の8.14

「戦争の世紀」と訣別
千鳥ヶ淵 新時代への誓い


 新日本宗教団体連合会(深田充啓理事長)と新日本宗教青年会連盟(新井光興委員長)は十四日夕、東京・九段の千鳥ヶ淵戦没者墓苑で、第三十五回戦争犠牲者慰霊並びに平和祈願式典を開催。新宗連加盟教団の三十四教団約三千二百人が参列した。前日から降り続いた雨もあがり、昼過ぎには好天となり、真夏としてはさわやかな風の吹く中で式典は行われた。

 開式に先立ち,午後五時五十分から,国立・千鳥ヶ淵戦没者墓苑の説明と式典の意義について司会が解説を行なった。

 午後六時に開式。はじめに参加教団名が読み上げられ、主催者を代表して深田充啓理事長があいさつ。七月、沖縄での先進国首脳会議でクリントン米国大統領が糸満市の平和記念公園を訪れたことを通し「かつて敵国として戦った米国の大統領が沖縄を訪れ、敵味方の分け隔てなく、戦争犠牲者への追悼を行ったことは新しい時代の平和への大きな前進になると確信いたします」(別掲)と力強く述べた。

 このあと十五教団による教団別礼拝、慰霊供養が行われたのち、平和へのメッセージでは、第二次世界大戦中、海外で戦死した若者が生前、国内の家族に宛てた手紙・遺書をまとめた「昭和の遺書〜南の戦場から」の中からの一文がナレーションされた。
 次に、新宗連青年会中部連盟委員長・伊藤嘉洋さんと北陸連盟委員長・長井義和さんの二人による折り鶴奉納が行われた。

 この式典に届けられた数十万羽の折り鶴は、参列できない全国各地の人々から、戦争犠牲者の慰霊と世界平和の祈りを込めて折られたものである。中部連盟は愛知・三重・岐阜・静岡の四県でこの式典に向けた学習会及び平和集会を行い、その時に集まった参加者が平和の祈りをこめて折ったものを六角堂前特設祭壇に捧げた。そのあと青年女子六十一人による献灯が行われた。

 つづいて新井光興新宗連青年会委員長が六角堂中央の陶棺に向かって「戦争犠牲者に捧げる言葉」を述べた。五年前、二十一世紀に向けた宗教青年の行動方針「アクション21」の最終年として、二月に行われた第十五次アジア青年平和使節団と五月二十七・二十八日のユースフォーラム二〇〇〇を報告。朝鮮半島の状況にふれ、靖国問題に対する決意を語った。

 そして午後七時三十分、引き続き新井委員長の先導により参列者全員で「平和の祈り」一分間の黙祷を行った。これは昨年までの「全国一斉の祈り」を改めたもの。来賓献花、新宗連加盟教団代表による献花で式典を閉式、このあと自由参拝が行われた。
 この日献金された五十七万七千八百九十三円は全額、千鳥ヶ淵戦没者墓苑奉仕会に寄託された。


主催者代表あいさつ

新宗連理事長 深田充啓


 新日本宗教団体連合会並びに新日本宗教青年会連盟の主催により、「第三十五回戦争犠牲者慰霊並びに平和祈願式典」を挙行致しましたところ、各界からのご来賓をはじめ、多くの方々にご参列をいただき、心より御礼を申し上げます。

 先の大戦が終結してから五十五年の歳月が過ぎ去ろうとしておりますが、沖縄、広島、長崎をはじめ全国各地で戦争の犠牲となられた方々、さらには遥(はる)か異国の地において、戦禍に斃(たお)れた方々への思いは、今なお尽きることがありません。

 昭和三十七年以来開催してまいりましたこの式典は、今回で三十五回を数えますが、二十世紀最後の式典となることを思います時、新たなる感慨がこみ上げてまいります。

平和へ大きな前進
 クリントン大統領 糸満で犠牲者追悼



 先般、沖縄において先進国首脳会議が開かれましたが、参加者の一人、米国のクリントン大統領は糸満市の平和祈念公園を訪れ、太平洋戦争末期の沖縄戦の犠牲者二十三万八千人の名前が刻みこまれた「平和の礎(いしじ)」を前に、戦争犠牲者への追悼を行いました。
 私はこの光景に接し、五十五年という歳月は費やしましたが、かつて敵国として戦った米国の大統領が沖縄を訪れ、敵味方の分け隔てなく、戦争犠牲者への追悼を行ったことは、新しい時代の平和への大きな前進になるものと確信いたします。
 私自身、昭和四十四年九月、復帰前の沖縄を訪れ、戦争がいかに悲惨なものであることを、また戦争には加害者も被害者もなく、人々が只々犠牲者となっていくことを学ばせていただきました。それを契機に、東南アジア各地に慰霊と懺悔をとおした平和への旅も重ねて参りました。

 しかし、二十世紀最後の式典にあたり、ここでもう一度、私たちの平和への働きは果たして十分であったのだろうかと、振りかえることも必要ではないでしょうか。
 ご参列の皆さま、いよいよ私たちは、「戦争と混乱の世紀」ともいわれた二十世紀に別れを告げ、来年八月からは、新しい世紀において、この式典を営むこととなります。
 あと四カ月余りで新しい世紀が訪れますが、二十一世紀が真に平和で、明るい世紀となりますよう、ともに祈りを捧げさせていただきたいと存じます。

 戦後、新しい宗教運動の発展と宗教協力の拡大を掲げ、誕生した新宗連は、多くの犠牲によって得られた信教の自由、そして今日の平和を守ることを自らの誓いとして、活動を進めて参りました。こうした働きこそが、戦争で犠牲となられ、今日の繁栄の礎となられた方々のみ霊を真に安んじる道であり、世界各地で今なお戦争の犠牲となり、悲嘆の中にいる人々への励ましになるものと確信する次第です。

 ここ千鳥ヶ淵戦没者墓苑におきまして、ご参列の皆様方とともに、平和への誓いをより堅固(けんご)なものとさせていただきますことに感謝を申し上げ、挨拶と致します。


戦争犠牲者に捧げる言葉

新日本宗教青年会委員長 新井光興


 二十世紀も余すところあと数カ月となりました。振り返ってみると、戦争の時代といっても過言ではないほど、不幸にもこの一〇〇年の間に様々な殺戮が行われました。第一次第二次世界大戦をはじめ、近代兵器の発達により、これほどたやすく大勢の人の命を奪った世紀はかつてなかったことでしょう。

 ここ千鳥ヶ淵戦没者墓苑に眠っておられる三十万有余の方々の御霊もその犠牲になられた方々であり、また世界各地で戦争・紛争で犠牲になられた数多くの方々の御霊に対しまして、私たちは慰霊の誠を捧げさせて頂き、絶対非戦の誓いと平和への祈願をさせて頂きます。

 一九六二年、昭和三十七年より、ここ千鳥ヶ淵戦没者墓苑に於いて『戦争犠牲者慰霊並びに平和祈願式典』を開催させて頂き、今回で三十五回目を数えます。毎年ここに集い、礼拝させて頂くのは、ここに眠られる皆様の礎があるからこそ、今こうして私達が生活できていることを忘れてはいないからであります。
 さて、終戦五十年にあたる五年前、二十一世紀に向かう宗教青年の行動方針として五項目からなる『アクション21』を発表させて頂きました。最終年にあたる今年一年間の歩みのご報告をさせて頂きます。

 今年の二月、第十五次アジア青年平和使節団で中国の東北部、旧満州へ行かせて頂きました。かの『七三一部隊安達人体実験跡地』を訪ねました。そこは杭に縛り付けられた「マルタ」と称せられた捕虜の人々に、いかに細菌爆弾が効果を示すかを実験する場所でした。当日、広大な草原はひざまで雪が積もり、慰霊碑の発見は困難かと思われました。しかし、各教団の神仏様のお導きと、参加者の強い思いにより、奇跡的にも慰霊碑を見つけることができ、その場所において慰霊祭をすることが出来ました。それはあたかも亡くなられた方々が、私たちを待っていてくれたかのようでした。

 一九七四年にはじめられたこの平和使節団も、日本に一番近くて遠い国とされる朝鮮半島へと向かおうとしています。去年の九月、四名の調査団を韓国のプサン・テグ・ソウルに派遣致しました。その前には九州の筑豊地区にて、強制連行により地獄の炭坑で働かされた方のお話も伺いました。かつて三十五年間にわたり朝鮮半島を植民地とした、その負の歴史をも踏まえた上で、新たなる日韓関係・日朝関係を我々はこれから築いて行かなければなりません。その意味で六月に行われた南北の両国家元首による会談は二十世紀最後の年を飾るにふさわしい出来事だったといえましょう。

 ひるがえってわが国では、またもや靖国神社の問題が取りざたされております。国家管理であるとか、公式参拝など、国家が宗教に介入することには、断固として阻止しなければなりません。
 今ある平和は、信教の自由、政教分離の原則をはっきりと定めた日本国憲法によるものと思います。こうした平和は、皆様方の尊い犠牲の賜物と存じます。私たちはこの信教の自由、政教分離の原則を守り抜くこともまた皆さんの犠牲に報いることと存じます。

 全国の地方連盟、県委員会において、環境共育など、生きとし生けるもののいのちを大切に考えるべく、体験学習等を重ねています。また、もちろん今年もユースフォーラムを開催させて頂きました。今回は四国連盟の受け入れで、高知県で一二〇名、十教団の参加を得て、おもいっきりやるぞの土佐弁『こじゃんとやるぜよ』と題して、五月二十七、二十八日の二日間、坂本龍馬という一人の人物に脚光を当て、志半ばで暗殺されたとはいえ、彼の先見性を学習し、それぞれが持つ自分自身の夢を語り合い、各自実践目標を掲げさせて頂きました。そしてそのネットワークがまた全国へと張り巡らされました。
 我々は、ここに絶対非戦を誓わせて頂きます。平和を壊そうとするいかなるものにも組みしないこともあわせて誓います。どうか我々に智恵と勇気をお与え下さい。
 二十一世紀が輝ける平和な世紀であることを心より希望致します。

50周年記念「新宗連の歌」決まる

「いのち輝く」に 海出秋吉氏(円応教)が入選


 明年の新宗連結成五十周年に向け、記念事業の一環として、「新宗連の歌」を募集いたしましたところ、多数のご応募をいただきまして、まことにありがとうございました。
 厚く御礼申し上げます。
 このたび審査の結果、優秀作品が決定いたしましたので、発表いたします。
 また、入選作の曲も制作できましたので、あわせてご披露申し上げます。
                               (財)新 宗 連

 〈入選〉
海出 秋吉(円応教豊前教会)
「いのち輝く」
 〈佳作〉
渡辺 好造(立正佼成会中野教会)
千葉 恵子(立正佼成会目黒教会)
石川 純三(PL河内長野教会)
森本  剛(PL呉教会)


代理含め199人

靖国神社 石原都知事は「公人」で


 終戦記念日の八月十五日、靖国神社に国会議員が集団参拝を行った。「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」は午前十一時、集団で参拝、衆参合わせて本人七十八人、代理百二十一人合計百九十九人が参拝したと発表した。
 このうち、保岡法務大臣、森田運輸大臣、相沢金融再生委員長は公人としての参拝であることを表明した。
 事前に公式参拝をしないことを表明、私的参拝については明らかにしていなかった森総理大臣は、午前中に千鳥ヶ淵戦没者墓苑に参拝、靖国神社には参拝しなかった。

 また、石原慎太郎東京都知事は午後零時三十分、靖国神社に参拝、公人としての参拝を表明、記者団の問いに答えて、「公人とか私人とか、くだらない仕分けはしないほうがいい」と述べた。
 この日の石原氏の行動に、靖国神社境内では、一部の宗教関係者が歓声を持って迎えたが、「政教分離」原則に反するものとの強い批判を浴びている。


今年も意見書提出

信教の自由委員会が森総理大臣へ

 
 新宗連信教の自由委員会(力久隆積委員長)は九日、森喜朗内閣総理大臣に、「靖国神社公式参拝」についての意見書を提出した。

 同委員会は、毎年、総理大臣宛に靖国神社問題に関する意見書を提出している。
 この日は、天谷忠央新宗連事務局長が、自民党本部で鴻池祥肇団体総局長に面会、意見書を手渡した。

意見書


                                 新日本宗教団体連合会
                                  信教の自由委員会 
                                    委員長 力久 隆積
内閣総理大臣
 森 喜朗殿

 謹啓 総理におかれましては、総選挙そして沖縄サミットと外交、内政をめぐりご多忙のことと存じます。
 さて、今年もまた、終戦記念日がめぐってまいりますが、先の戦争における犠牲者に対する追悼のあり方について、ひとこと意見を申し上げさせていただきます。
 私どもは、靖国神社への「公式参拝」について、憲法に定める「信教の自由」と「政教分離」の原則に違背するものとして、また、アジア諸国の人々の心情を逆なでするものと、一貫して反対してまいりました。

 昨年のこの時期、官房長官を務められておりました野中広務氏が、「靖国神社の特殊法人化」、「A級戦犯の分祀」について発言されたことが伝えられ、私どもは以下の意見を時の総理大臣小淵恵三氏に申し上げました。
 現に宗教法人として存立している宗教施設のあり方について、政府が干渉することは、憲法の第二〇条に定める「政教分離」規定に反する行為と思料されます。
 政府が神社の宗教的根幹に関わる、ご祭神のお祀りの方法について論及することは、これまた憲法の「信教の自由」「政教分離」の原則に照らし、厳に慎むべき行為と存じます。
 政治的な思惑によって、神社のあり方を左右することは神社の神聖性を冒涜するものであり、かつての過ちを繰り返すことにもなります。
 総理におかれましては、その点を充分にご配慮の上、内閣の運営にあたられますようお願い申し上げます。

 憲法に定められる「信教の自由」と「政教分離」の規定は、自由と人権の根幹をなすものと存じます。これに従えば、戦没者の「慰霊」といった宗教行為には、政府をはじめとする公の機関の関与が排されております。つきましては、こうした問題は、我々国民の責任、特に、宗教者の責務が大きいものであると日々実践しているところでございます。
 政府におかれましては「信教の自由」と「政教分離」の原則を遵守され、閣僚等の靖
国神社への「公式参拝」等については、厳に慎んでいただきますよう、あらためてお願い申し上げる次第でございます。                          合 掌

宗教法人連絡会での定例会


 宗教法人問題連絡会は、七月二十七日午後二時から、東京・芝の真福寺会議室で定例会を行った。
 今回は、先ごろ連絡会がまとめた冊子「『反社会的な宗教的活動にかかわる消費者被害等の救済の指針』の問題点・宗教ガイドラインに対する見解」について意見交換した。
 この冊子は、昨年三月に日本弁護士連合会が「救済の指針」として発表した意見書の問題点を指摘するもの。


未踏の戦跡も訪問

新宗連青年会 第16次中国使節団


 新日本宗教青年会連盟(新井光興委員長)は、十三日午後一時から東京・代々木の新宗連会館で第三回常任委員会を開催した。
 はじめに第十六次アジア(中国)青年平和使節団の行程について、中国調査団に行ったメンバーを代表して生田茂夫・新宗連大阪事務所々長が提案した。行程は、前泊を含め八泊九日とする。また、今年度が『アクション21』五カ年計画の最終年であり、中国青年平和使節団も最後の派遣となることから、第十六次使節団では調査団が未踏の戦跡も訪問して慰霊行事を行うことを決めた。
 新たな訪問地は吉林省通化・渾江方面の旧日本経営の炭鉱、水力発電所など。
 また、二〇〇一年三月末を持って青年会の行動方針『アクション21』が終了することから、二十一世紀にむけた今後の新宗連青年会の活動方針を検討する小委員会を設置することとした。


折り鶴お焚き上げ

式典実行委 数百万羽に及ぶ


 第三十五回戦争犠牲者慰霊並びに平和祈願式典実行委員会(畔上晃紀実行委員長)は十九日午前十時から埼玉県北本市の解脱会「御霊地」浄炎場で、式典に捧げられた折り鶴の「お焚き上げ」を行った。
 この折り鶴は、東京・九段の国立・千鳥ヶ淵戦没者墓苑で開催した八・一四式典に全国各地から平和への願いを込めて寄せられ、奉納されたもので、その数は数百万羽になる。

 浄炎炉に点火し、折り鶴が少しづつ炎に包まれる中、全員で黙祷。参加した教団ごとに礼拝を行った。ついで、参加者一人ひとりが折り鶴を燃えさかる炎に投げ入れ、祈りを捧げた。
 最後に畔上実行委員長があいさつ。「本年の八・一四式典は、このお焚き上げを持ってすべて終りとなります」と述べ、四月から五カ月にわたって奉仕した実行委員に感謝の言葉を述べたあと、「戦後五十五年が経った今、戦争体験の風化とともに、八・一四式典への関心も薄れてきつつありますが、お隣の韓国との関係だけをみても、解決されていない『戦争の傷跡』はまだまだあるのです。歴史に学びながら平和への取り組みをこれからも続けていきましょう」と述べた。


ユースフォーラム実行委


 ユースフォーラム2001実行委員会(藤原章雄委員長)は、七月二十二、二十三の両日、午後三時から、秋田県大館市の立正佼成会大館教会で第三回実行委員会を行った。
 議案は実行委員会の組織体制とテーマについて。実行委員が持ち寄った具体的なプログラムやテーマの検討を重ねた。

山梨県協 親子の環境フェア
「ゴミの魔法」

 山梨県協議会(小谷田昌亮議長)は、四日午後一時から甲府市リサイクルプラザで環境フェアを開催した。「親子で学ぼう、遊ぼうリサイクル」をテーマに、親子で参加してリサイクルを実践しながら学ぶという工夫がされた。

 会場に入るとまず、各家庭の遊休品を集めたフリーマーケットが並ぶ。また、環境を考慮した商品選びをクイズ形式で学ぶ「買い物ゲーム」のコーナーでは親子が一緒になって考える姿が見られた。
 工作コーナーでは、持ち寄ったペットボトルで植木鉢や玩具を作り、普段何気なく捨てるゴミが、工夫し手を加えれば再利用できることを実体験した。
 そのほか、牛乳パックでハガキを作るコーナーなどが設けられ、親子で楽しみながらリサイクルを学んだ参加者は、ゴミから生まれ変わった「生活用品」を手に会場をあとにした。


大阪環境委 府全体で38億円
ゴミ家計簿の集計


 大阪府環境委員会は、七月二十七日午後一時三十分から立正佼成会大阪普門館で、「環境学習会」を行い、六教団から約百三十人が参加した。
 今回の学習会のねらいは、三月一日から一カ月間取り組んだ「買い物から出るゴミ家計簿」の集計結果をふまえ、それぞれの成果、課題、感想を分かち合い、今後の環境実践をさらに進めていくきっかけとするもの。

 主催者を代表して有路誠市郎委員長があいさつ、「私もゴミ家計簿に妻と取り組み、環境に悪い生活を追い求めていたことがわかり、今後はセーブした生活をしなければいけないんだと思いました」と述べたあと、集計結果を那須弘友紀・新宗連事務局員が報告した。

 「一世帯あたりの平均費用は、千四百二十六円で、一人あたりに換算すると四百三十六円でした。おおざっばに考えると、大阪府民全員がこれだけゴミを買っていると仮定すると、府全体では一カ月あたり約三十八億五千万円になります」と説明すると会場からは驚きの声があがった。
 ついで、司会の岡本明郎委員の説明により、一グループ約十人に分かれてのディスカッション、そして全体の分かち合いへと移った。全体会では、各グループの代表が順番にクジを引き、当たった四人が話し合いの内容などを発表。「子供が実践したことを『よかったね』と褒めたりする中で、環境実践を通して家族が一つになれた」「私たちは、ゴミを買っていて、無駄をしているのがわかった」などと感想が述べられた。
 このあと、福地光雄・近畿総支部副会長が、「ここにいらっしゃる方は幸い宗教を持っている。良いことは一人からでもいい、それを実行していく中で、一人が二人に、そして多くの方々に実践の輪が広がっていくのではないでしょうか」と総括。最後に、辻岡英三委員が閉会のあいさつを行った。

近畿総支部 50周年シンポ受け入れ

 近畿総支部(鉢呂神龍会長)は、七月二十五日午後二時から新宗連大阪事務所で、専門委員会を開催した。
 宮尾委員長のあいさつ、六月十三日に開催された新宗連理事会の報告、各府県、青年会活動報告などののち審議事項に移った。明年四月二十三日開催の新宗連結成五十周年記念シンポジウムの受け入れについては、実行委員会を結成して運営することを決めた。発足時期については、同シンポジウム本部企画の進行状況に応じ、専門委員会を開き、総務会に提案することを申し合わせた。

 結成五十周年総支部記念集会については、二〇〇二年四月から二〇〇三年二月までの間に各府県単位で開催する。そして、総括の総支部集会を二〇〇三年三月に行うことを総務会に上程することを了承した。
 最後に、オブザーバーとして参加した鉢呂神龍会長があいさつを述べた。

奥羽総支部 50周年事業を中心に

総務会と学習会


 奥羽総支部(近藤嘉秀会長)は、七月二十五日午後一時三十分から、青森県平内町の松緑神道大和山本部・神集閣で総務会と役員学習会を開催した。
 参加者は会議に先立ち、同本部・天峰閣神前に参拝し、同総支部初代会長の田澤康三郎師(松緑神道大和山初代教主)の遺徳を偲んだ。
 会議は神集閣会議室で開催され、近藤会長が議長となって進められた。

 議案は、第二十一期第六回新宗連理事会で決定された結成五十周年事業実施要綱の報告が中心。同実施要綱については、新宗連企画委員長でもある田澤豊弘副会長(松緑神道大和山教主)が、これまでの経緯も含め説明を行った。
 ついで、結成五十周年事業のうち、総支部集会等について協議を行い、今後検討を重ねて行くことを申し合わせた。このあと、役員学習会に移り、田澤副会長が宗教協力の意義と今後の方向について講演を行った。

           

WCRPチャリティーコンサート

 世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会・婦人部会(二條恭仁子部会長)は、十月十八日、午後七時三十分から、東京・四谷の聖イグナチオ教会でチャリティーコンサートを開催する。
 WCRP創設三十年を記念して、イギリスのコベントリー大聖堂少年合唱団を迎えてのコンサート。収益は、難民支援活動に役立てる。全席自由2500円。
 問い合わせは、WCRP日本委員会事務局・電話03(3384)2337まで。

比叡山サミット13周年  宗派超え600人参集


 天台宗国際平和宗教協力協会などの主催による比叡山宗教サミット十三周年「世界平和祈りの集い」が、四日午後三時から比叡山延暦寺の祈りの広場で開催され、教宗派の垣根を越えた約六百人が参加した。
 「集い」は、藤光賢天台宗宗務総長のあいさつで開式。青少年約百七十人が、平和への祈りが書かれた短冊を特設舞台上のパネルに献上したあと、渡辺恵心天台座主の導師、十一人の式衆により法楽が行われ、渡辺座主が平和祈願文を奉読した。

 このあと、新宗連、全日本仏教会、神社本庁などの諸宗教代表が特設舞台に登壇。午後三時半、「平和の鐘」が打ち鳴らされる中、参加者全員が起立して一分間の黙祷を捧げた。青少年代表二人が、第一回サミットで採択された比叡山メッセージを朗読。
 つづいて来賓を代表して桜井勝之進・多賀大社名誉宮司が「平和を語る」と題してあいさつを述べた。最後に、青少年の代表の先導により、「平和への合い言葉」を全員で唱和した。

人権研究所の52回総会 山崎公士氏が講演 

 部落解放・人権研究所(村越末男理事長)は、六月二十七日午前十時から、大阪市立浪速人権文化センターで第五十二回総会を開催した。
 村越理事長の主催者あいさつ、組坂繁之・部落解放同盟中央本部中央執行委員長などの来賓あいさつのあと、議案審議に入った。
 友永健三所長などから、「一九九九年度事業報告案」「同会計決算報告」「二〇〇〇年度予算(第二次案)」「同体制(第二次案)」「同基本日程」が順次提案され、原案通り可決承認された。

 総会後、第二十二回全国部落解放研究者集会が開かれ、山崎公士・人権フォーラム21事務局長が、「あるべき日本の人権保障システム」と題して講演を行った。
 山崎氏は、人権フォーラム21が進めている人権保障システムの検討状況を報告、「この間、児童虐待防止法、ストーカー防止法などの法律が積み上げられているが、これら個別法が整備される中で、さらに人権に関する一般法へと発展させるべきであろう。また、国内人権機関の設置も重要である」と述べた。
             

日宗連で表彰者を決定

 日本宗教連盟(北條成之理事長)は七月二十七日午後三時から、東京都港区の明照会館で本年度第三回理事会を開催した。
 はじめに北條理事長が開会のあいさつ。諸報告のあと、
「平成十二年度宗教教誨事業功労者の選出」について審議を行い、同連盟理事長表彰者十二人を決定した。表彰式は、九月五日から七日まで、広島市で開催される「第二十八回全国教誨師大会」において行われる。
 ついで、「個人情報保護基本法」法制化をめぐる状況について審議。事務局が、法制化について現在までの経緯を報告した後、同基本法の問題点について引き続き、検討を重ねていくことを申し合わせた。


子ども未来会議 
40カ国の少年少女213人 世界へメッセージ発信


 世界の子どもたちが、国境・人種・宗教の違いを超えて集い、相互理解と協力の中から地球の未来を考える「子ども未来会議」が、七月二十六日から二十八日の三日間、千葉県山武郡九十九里町の妙智會千葉聖地で開催された。
 
子どもたちから世界へメッセージを発信するというこの会議は、子どもの支援活動を展開する「ありがとう基金」(総裁・宮本丈靖妙智會教団会長)の主催で行われ、日本を含む世界四十カ国の十歳から十七歳までの少年少女二百十三人が参加し、「平和」「未来」「チームワーク」「環境」をテーマに意見交換した。

 会議に先立ち二十五日夕刻から、同教団の会員約三千人も参加して前夜祭が行われ、沼田武・千葉県知事、杉谷義純・WCRP(世界宗教者平和会議)日本委員会事務総長らがあいさつした。

 第一日目は、宮本総裁が開会あいさつを述べたあと、グループに分かれ自己紹介を行った。
 対話集会では、デュアン・プラティープ財団の創設者でタイ国上院議員のプラティープ・ウンソンタム・秦さんが「平和」について、午後は「未来」をテーマに元文部大臣の有馬朗人・参議院議員が講演し、参加者の質問を受けた。
 講演を受けてのグループ会議では、活発な意見交換が行われた。

楽しく対話集会 ジーコさんもやってきて


 二日目は、朝から九十九里海岸へ出発。海辺を散策し、心地良い潮風を受けて朝食を取った。
 この日の対話集会では、元サッカー選手のジーコさんが「チームワーク」について講演し、子どもたちから大きな歓声が上がった。午後はWCRPアメリカ委員会のジョン・ブリンクマン博士が「環境」をテーマに講演した。
 夕刻、野外で行われたファイヤーストームでは、海外参加者が色鮮やかな民族衣装で踊りや歌を披露した。

 最終日には会議の成果がまとめられたメッセージが発表され、参加者全員の採択を受けた。メッセージでは、貧困と裕福な国々の格差をなくすため「与え・分かち合う文化」を築くことや、すべての戦争終結のために各国間の対話・協力を促進し、軍備費を平和目的のために用いることを求める、天然資源の乱用を防ぎ自然を守ることなどが訴えられた。さらに、マスメディアに対して「世の中の良い面を伝えて欲しい」との要望も盛り込まれた。このあと、「平和の祈り」が行われ、各宗の代表が祈りを捧げ、平和への誓いを新たにした。
 最後に聖苑で、グループごとのメッセージを添えた記念植樹を行い終了した。

松緑神道大和山 
田澤教主の誕生祭

 法燈継承し満3年

 青森県平内町の松緑神道大和山(田澤豊弘教主)は、二十日午前十一時三十分から、本部・神集閣大ホールで田澤教主五十七歳の誕生祭を挙行した。
 式典の部では、三人の小学生がマリンバを演奏してオープニングを飾ったあと、田澤教主夫妻が入場し、大きな翼と「57」の数字が掲げられた舞台の中央席に着席した。今清・同教団代表総務のあいさつのあと、太田嘉弘・同教団総務、天谷忠央・新宗連事務局長、近藤嘉秀・新宗連奥羽総支部会長が祝辞を述べた。
 ついで、十人の子どもたちが花束を、信徒代表が記念品を田澤教主夫妻に贈呈した。

 つづいて、旭川支部の田尻淳子さんがドイツで学んだフルートを演奏し、初代教主・田澤康三郎師の愛唱歌「菩提樹」などを心地良い音色で奏でた。

 「お言葉」に立った田澤教主は、「社会、人類、神のために尽くすには、努力するだけでなく、真の祈りと神への感謝が必要です。心の世界で神に近づき太い絆を持つことにより、自分を含めて世の平和を築くことができます」と、信徒の体験をまじえ、神のはからいの深さと尊さを説いた。
 最後に「法燈を継承して満三年になろうとしています。神のみさとしの示すまま、世の平和と人類の福祉のため邁進し、皆さまとともにこの大和山の道をたくましく歩んでまいります。本日は誠にありがとうございました」と、感謝と決意を述べた。

 このあと、祝賀の部に移り、十一教区の青年・婦人らが色鮮やかな衣装でそれぞれの郷土の踊りを舞い、春からこの日のために鍛錬した成果を披露した。

天壌教 第61回創立記念日

竣工の新道場で


 山口県防府市の天壌教(吉本公信代表役員)は、二十日午前十時から同教本院神前で第六十一回の創立記念大祭を挙行。
 同教は、故蔵本イト教祖が京都の伏見で修行中、神示を受けた一九三九年(昭和十四年)八月二十三日を立教の日としている。今回の立教記念大祭は、本年一月一日に竣工した防府市大字仁井令の新道場で行われた。
 斎員が神前に着座して開式。禊祓い、「祓戸四柱お呼びよせ行事奉仕」、塩水の祓い、大麻の祓い、「御鈴の祓い」につづき、吉本代表役員が創立記念大祭祝詞の奏上、玉串奉奠を行った。信徒代表による創立記念大祭祝辞の奏上、「麦初穂献上」が行われたあと斎員が退座した。

 ついで、吉本代表役員があいさつに立ち、創立の経緯を述べたあと、「皆さん教祖さまに救われましたね。そして、神々の深いみ守り、導きによって私たちは絶えず健康で、幸せに生活しています。こちらの道場は小さいですが神々の働きは今まで以上ですので、明るく、新たな気持ちで道場に来て、一層信仰の道に入っていただくことをお願いします」と語った。

神ながら教 教祖30年祭

「みさとし」を聴く


 名古屋市東区の神ながら教(水野富久子教主)は七月二十三日正午から、本部・大広前で水野房教祖の三十年祭を斎行した。
 水野教祖は一八八三年(明治十六年)一月、広島に生まれ、十八歳の時霊感を感得、一九一一年神道大教に属し、中国東北部で開教。一九三二年(昭和七年)神道大教参加の惟神教として大連市若狭町に本部を置いた。四七年現在地に本部をおき、翌四八年神ながら教として独立、七〇年七月二十四日帰幽した。

 神前に水野教祖の遺影が奉安され、定刻、祭員着座、修祓、献饌のあと、水野教主にかわり、水野兼辰総監が教祖祭詞を奏上した。
 ついで斎主の水野教主、教祖の遺族、親族、各教会長の順で玉串を奉奠、参列者全員で大祓詞を奏上した。このあと、水野教祖の生前の「みさとし」の声の録音を拝聴、水野教祖が、神前に真心から参拝するように諭す声に、参列者は聞き入った。
 水野教主が「みさとし」。水野教祖の思い出を語ると共に、「信仰をしっかり持って、一人でも多くの人に教祖様のみ教えを伝えていきたい」と抱負を語った。
 このあと、教祖三十年祭にちなみ、新栄三・信徒連合会会長が、教祖から受けた指導の思い出を語り、鈴木清子本部教会総代が詩吟を詠じた。鈴木さんは今年八十八歳、先ごろ詩吟の師範の免状を取得したことが紹介されると参列者から盛んな拍手が送られた。

大慧會教団みたままつり 懺悔の一念三千

石倉会長が法話


 大阪府堺市の大慧會教団(石倉恒男会長)は、十四日午前十一時三十分から本部・本殿講堂で、「第五十回うらぼんえみたま祭り」を厳修した。
 点鐘で開式。石倉会長による慶白・回向文の奏上につづき、石倉会長を先導に参列者全員で黙祷を捧げ、世界平和祈願並びに全国戦没者の諸精霊の冥福を祈った。
 石倉寿一青年部長の導師により参列者全員で大乗経典を奉読したあと、石倉会長が参列者に向かって「御究呪の法」を授けた。

 ついで、特別法要の儀に移り、中沢すみ子第九支部長の導師により参列者全員で大乗経典を奉読する中、会員各家の先祖並びに新盆にあたる諸精霊の法名を石倉会長夫妻、支部長らが一躰ずつ読み上げた。
 高橋秀明第一支部長の決定(けつじょう)表明につづき石倉会長が登壇し、法話を行った。石倉会長は大慧會教団と縁の深い法華経の五百弟子受記品第八に登場する富楼那弥多羅尼子(ふるなみたらにし)について触れ、「富楼那は説法第一の方。すなわち、仏の教えを正しく伝えることが出来る人で、多くの人を導き入れたわけでございますが、懺悔の心は富楼那そのものなのです。懺悔は人に喜びを与えます」と説明。
 「ですから富楼那が説法第一だということは、懺悔の一念三千なのです。懺悔の気持ちを持って法華経を行いなさいよ、というつながりがございます。そういうところへ考えを及ぼしたとき、なるほど大慧會教団の使命はそこにあるんだと痛感した次第です」と述べた。

 なお、式典に先立ち午前十時三十分から、「教団御墓所」並びに登美丘地区戦没者墓苑を参拝、読経供養を行い、慰霊の誠を捧げた。

天恩教で夏の大祭

 京都府笠置町の天恩教(鉢呂神龍教主)は、十八日午前十一時から本庁・神前で夏季大祭を斎行した。
 鉢呂金太郎理事長による修祓、大祓祝詞奏上につづいて鉢呂日出麿副管長が大祭祝詞を奏上した。鉢呂教主の参拝、玉串奉奠のあと、副管長、理事長、鉢呂知代子教母などが順次、玉串を奉奠した。
 斎員が退座したのち、参列者全員で真者祝詞を奏上し、玉串奉奠を行った。
 式典後、会場を外部施設に移して直会を行った。君が代の斉唱、副管長の開式あいさつのあと、鉢呂教主が「御真教」を行った。「戦後、そして昭和から平成へと進む中でいろいろな思想、考え方が形成されてきたが、必ずしも良いものばかりではありません。大きな節目の年に改めて古きをたずねて新らしきを知ることが大切です。私が今日あるのも先祖、祖父母、父母と継続しているからです。最近、神棚などがない家が増えましたが何よりの基本は手を合わせることです」と述べた。
 真者を代表して高桑英夫さんがあいさつ。天恩教真者の歌の合唱、梶本玉志・田辺分教会長の発声による万歳三唱のあと、山本哲也青年部長の音頭により乾杯を行い、直会に入った。

立正佼成会「平和祈願の日」

「常不経菩薩」説く

 東京・杉並の立正佼成会(庭野日鑛会長)は、十五日午前九時から、本部大聖堂をはじめ各教会で「戦争犠牲者慰霊・平和祈願の日」式典を執り行った。大聖堂正面入口には焼香台が置かれ、また全国会員が、平和の祈りを込めて奉納した折り鶴が大聖堂内いっぱいに飾られていた。
 はじめに題目三唱、会員綱領、会歌斉唱ののち東京教区中央ブロック中学生・高校生男女七十人に奉献の儀がシンセサイザー奏者で作曲家のキム・シンさんの調べに乗せて行われた。
 つづいて庭野会長が登壇し読経供養。体験説法では立正佼成会が旧ユーゴスラビアで支援を行っている「ゆめポッケ」のボランティアとして今年三月現地に行った三郷教会の臼井康乃さん・里衣ちゃん親子の体験説法が行われた。

 最後に庭野会長が再び登壇して法話。「今日の日本は戦争がなく平和な世の中であっても少年の暴力などの様々な問題があり絶えることがありません。法華経の中の『常不経菩薩』は人から暴力を受けてもその人に対し合掌礼拝をされた。その精神はまさに世界平和という問題に対する手本が示されていると思います。私たちは、常不経菩薩さまのようにお互いの仏性礼拝行を忘れることなく精進していくことが大事」と語った。

PL 夏の夜空に聖花

御木教主「祝福の神事」


 大阪府富田林市のパーフェクト リバティー教団(御木貴日止教主)は一日、大本庁で午後三時三十分から大平和祈念塔年祭の式典を、また午後七時十分から正殿で教祖祭式典を挙行し、引き続きPL花火芸術が行われた。
 初代教祖・御木徳一日知、第二代教祖・御木徳近日知の遺徳をたたえ、あわせて世界平和の招来を祈念するこの日、日本全国、南米ブラジルをはじめ世界各地から会員が聖地に参集した。

 本年は第二代教祖生誕百年祭の祝賀の年であり、教祖奥津城前には第二代教祖展、大平和祈念塔一階では「愛と平和展」が催され、熱心に見学する会員の姿がみられた。
 午後三時三十分、万国の戦争犠牲者の霊を慰め、世界の恒久平和を祈念する「超宗派万国戦争犠牲者慰霊大平和祈念塔年祭」が同塔二階神殿で教師、会員代表、海外団参員、来賓らが参列し、厳かに執り行われた。
 新宗連からは深田充啓理事長、宮本丈靖副理事長、天谷忠央事務局長が参列、献花と祈りを捧げた。全国の物産展や奉納演芸でにぎわう奥津城参道の会員も、同刻、その場で黙祷を捧げた。 

 このあと、突然の夕立があったが、式典前には晴れ上がり、正殿上空にくっきりと虹が浮かび上がり、式典を待つ参列者から大きな歓声が上がった。
 六時五十分、正殿に八百人のコーラス隊をはじめ参列者全員が教祖奉讃歌を献上、二百人の青年聖火隊が会場を囲むように入場。ブルーの式服に身を包んだ祭司が正殿に整列、式典が始まった。

 聖号奉唱、PL遂断詞に続いて橋本剛一祭司長が祭文を奏上。「本年四月、聖地並びに全世界の教会・支所・出張所で第二代教祖生誕百年祭の祭典が感激のうちに行われ、改めて第二代教祖のみたまに報恩感謝の真心を捧げるとともに、PL信仰者の使命と自覚を新たにしました」と述べ「二十一世紀を控え『人生は芸術である』とのPLの教えは混迷に陥りがちな人々と現代の社会を救う確かな道しるべになると信念いたします」と祭文を奏上した。

 夕闇が刻々と正殿に迫り、「おしえおや遂断(しきり)」のアナウンスが響くと、スポットライトを浴びて、光り輝く式服をまとった御木教主が登壇。大本庁神霊に祈りを捧げた後、参列者に向きを変えて「祝福の神事」。両手を大きく広げ、視線を左から右へ移す。視線が正面に戻り、手のひらを天に向けると、正殿後方から、轟音とともに五色の光が立ち上がる「献上花火」が在天の教祖のみたまに捧げられた。聖号奉唱で教祖祭式典は終了した。
 式典が終わり、初代、第二代教祖に捧げる「PL花火芸術」が始まった。シンセサイザーのBGMが流れる中、約一時間半にわたり、十二万発の色とりどりの打ち上げ花火が観客を魅了した。特にフィナーレを飾る、超大型スターマイン「終幕」は、地面を揺るがすような轟音とともに、天地を真昼のように照らし、場内はどよめきと大きな拍手が起こった。
 この日、大本庁内外ではおよそ三十万人が花火芸術を堪能した。また教祖祭式典の様子は国内の主要教会にはテレビ会議システムを使って、また海外にはインターネットで生中継された。

猛暑に燃える炎
宏充教で大護摩祈願祭

 大阪市生野区の三輪神道宏充教(吉川允恵管長)は、二十日午後一時から大護摩祈願祭を斎行した。
 はじめに本部神 殿で式典。神前には信者の願いがこめられた約二千本の護摩木が安置された。修祓、大祓詞奏上ののち、吉川仁紹総監が大祭祝詞を奏上。同総監、参列者代表の順に玉串を奉奠した。

 ついで、式場を戸外に移し、大護摩行事を行った。本部前には祭壇と釜を設置。修祓、吉川管長が清めの塩をまいたのち、釜に火がつけられた。
 白装束をまとった信者が釜に護摩木を次々入れると、吉川管長を先導に参列者全員で般若心経を唱え始めた。
 参列者は、燃え盛る炎の熱で汗を流しながらも、護摩火が静まるまで、般若心経を唱えつづけ、心願成就に祈りを捧げた。
 大護摩のあと、直会が賑やかに行われた。

六角堂は無言の訴え
8月15日 千鳥ヶ淵墓苑ドキュメント

午前6時、清掃奉仕に始まって


 八月十五日、終戦の日の早朝。午前六時、東京・九段の国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑。

 曇り空の下、墓苑入口に、作務衣に手拭いを被った一団が、掃除道具を持ってきびきびとトイレの清掃に励んでいた。6・15クラブ(代表・西田多戈止一燈園当番)のメンバーだ。毎月十五日、神田明神に集い、皇居前広場や靖国神社、千代田区内の「公衆便所の清掃奉仕を続けて、心を清めている」が、「(八月十五日の靖国神社は、政治的にいろいろな意味を持ってくるので)同じく戦争で亡くなられた方がおまつりされている千鳥ヶ淵墓苑の清掃をさせていただいている」という。

 午前七時、墓苑前屋をくぐると、八・一五平和祈祷会(森山代表代行)が行われていた。六角堂に向かって右側前屋で輪になって祈祷会が始まった。
 賛美歌、聖書朗読に続いて祈祷。森山代表代行が「キリストはわれらの平和」の題で説教した。
 「日本は今、戦争のできる国づくりの一端としての法律が作られている」とのべ、周辺事態法の成立により、国内で騒じょう事件が発生した場合の自衛隊の対応などについて解説。「石原慎太郎東京都知事の靖国神社参拝を危惧する」と述べた。
 最後に「キリスト者は第二次世界大戦中、キリスト教の教団が軍国主義に荷担した負の歴史を悔い改めて、平和のために生きる『新しい人類』となり、教会がどこまでも平和なる場所とせねばなりません」と締めくくった。このあと小さな輪に分れて祈祷。献金、主の祈りを捧げた。午前八時に終了。

 六角堂は、キリスト者の静かな祈りと同時進行で、日蓮宗宗務院主催の「千鳥ヶ淵戦没者追善供養並世界立正平和祈願法要」の準備がすすめられていた。

 午前九時、約一時間同法要が営まれたが、この法要の終了頃から、苑内は無線機をつけたSPやマスコミ各社が現れて物々しい雰囲気に。
 午前十一時、モーニング姿の橋本龍太郎元首相が墓苑に到着。花束を捧げ六角堂に参拝。
 このあと日蓮宗の法要に参加した日本山妙法寺の僧侶ら約五十人が墓苑から池上本門寺まで、団扇太鼓にあわせ慰霊平和祈念行脚に出発した。

森首相も訪れる


 十一時三十分、六角堂右脇の、望遠カメラやビデオカメラを構えた報道関係者に一瞬の緊張が走った。
 前屋の前に黒塗りの車が止まり、中から大柄な男性がSPに囲まれるようにして六角堂に進んでいく。森喜朗首相だ。六角堂に献花し参拝。参拝が終わるとにこやかな表情に。帰り際、一般参拝者の「森さん!」の声に手を振って応える一幕もあった。

 正午近くの前屋は、中年層の男性を中心に再会を喜び合う人で一杯になった。十二時からの「フォーラム平和・人権・環境」主催「戦争犠牲者追悼、平和を誓う8・15集会」の参加者らしく、一様に胸に黄色のリボンをつけている。

 十二時、北の丸公園の日本武道館で「全国戦没者追悼式」が行われるのと同時刻に同フォーラムの集会が開会。黙祷のあと江橋崇代表が「日本が再び侵略戦争の加害者とならないために、日本国憲法を守ること、核も戦争も基地もない、環境との共生を図る二十一世紀を築く」と誓いの言葉を述べた。

 土井たか子社会民主党党首は「わが国が過去に犯したアジア諸国への侵略、朝鮮半島の植民地支配などが今なお大きな傷跡を残している」「軍事力に頼らない安全保障体制を構築すべき」「南北朝鮮の対話を積極的に支援し北朝鮮との国交正常化が急務」「戦争の放棄を明記した憲法を生かし、在日米軍基地の整理縮小や有事立法化反対に全力を尽くす」などと発言したが、その声はしばしばスピーカーの不調で途切れ、大音量で場外から流れる「森首相は靖国神社を公式参拝せよ」の声にかき消された。
 労働組合を中心に代表献花して、参加者一人ひとりの献花で閉会。六角堂の脇には最後の一人まで参加者を見送る土井氏の姿があった。

 午後は各県から全国戦没者追悼式に出席した遺族会や、平和遺族会が参拝。戦争体験のある老夫婦や、家族連れが途切れることなく続いた。
 午後二時三十分、突然の夕立は勢いを増し、六角堂に取り残される人も。前屋には夜間用の照明がともされた。
 三時過ぎ、日本総調和連盟、日本会、士道会が雨の中を六角堂に参拝、献花した。

有事と「国家儀礼」

平和遺族会が集会と行進

 平和遺族会全国連絡会(小川武満代表)は、十五日午前九時四十五分から、東京・水道橋の全水道会館で「憲法を生かし、武力によらない平和と共生の道を歩もう」と集会を開いた。
 「揺れる靖国神社の今を問う=有事法制化の靖国神社」と西川重則事務局長が報告、新ガイドライン法の成立や昨年の野中官房長官の「靖国発言」に触れ、「有事法制化の日本で、政府が国家儀礼のあり方を靖国神社に強いる時代に変わろうとしている」と語った。
 古関彰一・独協大学教授(憲法史)が講演、衆参両院の憲法調査会での議論にふれ「今回の総選挙で衆議院議員の四人に三人は何らかのかたちでの改憲派」と指摘、「しかも九条だけでなく、人権や環境問題を含む、全面改正派が多い」とのべ、人権問題については「法の整備より、実質的な対応が大切ではないか」と問題を投げかけた。また、自衛隊の問題に触れ「ソビエトの崩壊した今でも旧態依然のままである」とし、予防外交への努力に言及した。
 このあと参加者は、「首相・閣僚の靖国神社公式参拝反対」「憲法改悪を許すな」と都内を行進した。




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