「臓器の移植に関する法律」の施行から三年が経過した。「脳死を人の死」とする同法によって、これまで十一例の脳死判定による臓器移植が行われた。だが、脳死判定をめぐる問題、救命医と移植医との対立、臓器提供者の家族へのケアなどさまざまな問題を投げかけている。昨年五月、総理府は「臓器移植に関する世論調査」を実施したが、「臓器提供意思表示カード」(ドナーカード)の保持者は九・四%に、常時携帯は四%にとどまっている実態が浮かびあがった。こうした状況を踏まえ、日本宗教連盟(北條成之理事長)は、二十日午後一時三十分から、東京・杉並の立正佼成会セレニティホールで、「第二回脳死・臓器移植シンポジウム」を開催した。テーマは「移植医療と再生医療の現状と課題
宗教者はどう受けとめ考えるか」。
シンポジウムでは、日本宗教連盟の新田邦夫理事の開会あいさつにつづき、松本文六・天心堂へつぎ病院理事長と三菱化学生命科学研究所のぬで島次郎氏(ぬで=木偏に勝、以下ぬで島氏)が基調発題(要旨別掲)を行った。
小憩後、パネルディスカッション。パネリストは、片山文彦花園神社宮司、黒住一昌群馬大学名誉教授、松田達夫大本生命倫理問題対策会議事務局長、これに基調発題者の松本氏とぬで島氏が加わった。コーディネーターは、日本宗教連盟理事の井上順孝国学院大学教授。
はじめに神職で医師でもある片山氏が現在の脳死判定基準が絶対的なものではなく、現行の「竹内基準」を常に見直していく必要があると述べた。また、ドナー(臓器提供者)とレシピアント(臓器を受ける側)双方の家族への十分なケアがなされていない移植医療の現状を指摘した。
つづいてクリスチャンの黒住氏は、「愛のわざとしての臓器移植には賛成する。しかし、医療現場におけるミス、過失はあってはならない」と述べた。
松田氏は、「臓器移植法」に反対を表明し、八十七万余りの街頭署名を集めた大本の活動を紹介。同教団が独自に行ったアンケート調査では、ドナーカード保持者の中でさえ、脳死状態と植物状態の違いが分からない人が六二・七%に達している現状を報告した。
コーディネーターの井上氏は、生命科学分野の飛躍的進歩が予測されている二十一世紀の時代状況を説明。ついで「突出する医療技術の進歩に法律が追いついていないのが現状。さらに宗教界はこれに追いついていない」「だが、技術が進めば進むほど、最後は『生命とは何か』が問われてくる。これまでの人間観、死生観が問われてくることになる。宗教者の考えは重要である」と述べた。
一方、ぬで島氏は「理念なしで進んでいるのが日本の現状。日本は将来大きなツケを払うことになる」と述べ、生命倫理分野での宗教、哲学の重要性を指摘した。
さらに松本氏は、「人体のメカニズムの九九・九%はまだわかっていない。診断機器が発達してくると、医者の役割は何かが問われてくる。医療の場にこそ哲学が必要である」と述べた。
最後に井上氏がまとめを行い、「生と死の問題が、人間の技術によって操作されていく世紀に入ってきている。宗教者は、一般の人以上に関心を持ち、自分たちの活動にどうかかわってくるか考えていく必要がある」と述べた。
一九九九年二月二十八日、高知赤十字病院で最初の脳死臓器移植が行われた。世界では臓器売買が闇で行われている深刻な状況がある。
高知の例では、「ドナーカードは角膜のみ提供」だったが、臓器移植ネットワークのコーディネーターが、家族を説得した結果、他の臓器も提供するようになった。これが我が国の移植医の実像と移植医療の現実だ。
ドナーカードを持つことは「三途の川の片道切符」と思っている。これを持っていることが緊急救命医療を何もしてくれないことになる。(脳死に至らないための)低温療法の設備があったにもかかわらず、施されていない例がある。また医学的情報が開示されていないため、解釈しようもない現実がある。
脳死判定上の問題点として、無呼吸テストがあるが、呼吸器をはずすため、血中の炭酸ガス濃度が上がり、大変危険な状態になる。生命に決定的なダメージを与える無呼吸テストはしないというのが、最近の常識となっているのにもかかわらずこれを行うのだ。
また、脳死判定基準では薬物を使用しているときは判定を出来ないことになっている。五例目ではうつ病の催眠鎮静剤を長期に渡り使用していた。家族が臓器提供について積極的だったのは「早く死んでほしい」という思いがあったのではないかという疑問が拭い去れない。この他にも主治医が脳死判定に参加するなど様々な違反がある。
二例目以降はマスメディアに医学的情報がほとんど開示されていない。ますます密室の医療のような形で行われ、提供者の家族の中には今なお「これでよかったのか」と悩んでいる人もいる。
家族と医師側に本当に共感に基く同意があったのか、プライバシーを保護するのは当然だが、厚生省は、情報封鎖し密室性を助長させぬよう医学的情報を開示すべきだ。マスコミの傲慢な報道、ネットワーク、行政、警察など第三者の医療への介入はこれまでの医療とまったく異なっている。日本の医療が医者中心で患者を物と見ている発想を転換しなければならない。
家族の意向と自己決定権が「葵のご紋」のようになり情報開示をしない。しかしそれが本当に家族の意向なのか。厚生省が真剣にこの問題を考えるなら、医学的情報開示のために家族を説得しても良いだろう。やましいことがあるから開示しないのではないかとの疑いも生ずる。医療界の自浄作用が欠如している点も指摘すべきだろう。
「移植医の実像と移植医療の現実」のチェックポイントを挙げると
1)「はじめに移植ありき」
医療機関に運ばれた時点でドナーカードを持っていた場合、摘出できなければトラブルになると恐れ、早めに摘出が行われる。
2)「見かけの救命措置と早い救命措置の放棄」
一、二年で持ち場が変わるなどマスメディア側の取材不足できちっとした報道がされていない。また病院側も悪い報道をされないために、臓器提供を行った方がリスクが少ないと考える。
3)「ずさんな早すぎる脳死判定」および、4)「移動可能な死亡時刻」
脳死臓器移植をしようとする場合、朝早く脳死判定が行われる。搬送して午後には移植手術ができるからだ。判定時間はおそらくそれを意識している。つまり、物としてどう処理するかということ。
5)「生き生きとした新鮮な臓器を確保するための早すぎる臓器摘出」
徹底した救命医療をすると、臓器は使い物にならなくなる。救命医療の場合、脳浮腫をおこさないようにするため、水分を少なくする。しかし臓器摘出の場合には新鮮な臓器を確保するために輸液を大量に入れる。
6)「家族の希望を口実に医学情報の非開示(情報の統制と封鎖)」
脳死は人の死ではないことを逆説的に証明している。
さらに、外国では非合法的な臓器移植として経済的な問題から、誘拐が行われていることもある。死体からの臓器移植、組織移植もあり、生体からの移植、中国では死刑囚からの臓器移植も行なわれているという。
合法的な臓器移植は、脳死前提と脳死を前提としない移植があり、私は脳死を前提とする臓器移植には反対。脳死状態は人の死ではなく、移植のための便宜的な死の概念を示したに過ぎない。
移植に賛成の先生方で、自分や自分の子どもにドナーカードを持たせている人はいるかという質問をしたら、一人も手を挙げなかった。不老不死の思いは昔からあったわけだが、「人は一度は必ず死ぬ」ということを前提に問題を立てていく必要がある。
私自身は自然死を望みたい。結局のところ臓器を受ける側は「誰か私のために早く死んでくれないか」と期待することになる。ところがドナー側の家族の悲しみはまったく正反対のものだ。これが本当に医療として良いものなのだろうか。これまでの十一例は現在行いうる適切な治療をしていない。脳死判定の竹内基準でも「脳死はあくまでも臨床的な概念であり、新しい死の概念を提唱するものではない」としている。しかし移植する側は「死」にしてほしいという矛盾がある。
脳低体温療法は先端医療ということで保険が適用されていない。脳死を前提とする臓器移植は、「殺人罪を免れる便宜的な死の概念」「他人の死を期待し、他人の死を待つ医療」であり、そういう医療はすべきではないと思っている。「二回目の命は金で買う」文化への悪影響や「生と死のゲーム感覚的取り扱い」を監視するには国民がしっかり目を開く必要がある。
脳死状態から子どもが生まれる例もある。我が子が脳死状態になったときにどんな気持ちになるか考えてほしい。
(文責在記者)
二十世紀の移植医療は、いつどこで出るか分からない、提供者を待つ「狩猟採集段階」だった。今世紀の移植医療は人工臓器や異種移植による動物臓器、人工培養による再生医療の「定住農耕段階」へ移行しているといえる。脳死者から臓器を取り出すのと、受精卵から取り出し、培養するのは、生物的に違うことか。それとも哲学的、宗教的違いがあるのだろうか。
日本の臓器移植法には
1)生きている提供者の保護がない、2)臓器以外の人体の利用の規制がない、3)研究目的での人体の利用の制限がない という三つの根本的欠陥があり、移植医療の展開に対応できていない。
「人の受精卵を壊してその中味を他の人のために使って良いか」ということは倫理的、宗教的問題として捉えるべきである。これまで十五年間ターミナルケア、尊厳死など終末医療の研究をして「いのちの終わり」の議論は充分になされてきた。これから二十一世紀は「いのちの始まり」をどう考え、どこまで扱ってよいのかが課題になってくる。
「人はいつ死ぬのか。どこから体の一部を摘出して良いのか」というのが脳死臓器移植の問題です。同じ構造で「人はいつ生まれるのか」、どの段階で人といえるのであろうか。これまで一般には関心が低い問題であったが、同時に宗教者も関心が低くなかったか。
世界の諸宗教での人の胚の位置付けをみると、カトリック教会では「受精の瞬間から人である」と考え、体外受精に反対、体外受精胚の提供、着床前診断に反対し、胚の研究利用にも反対している。
プロテスタントの諸派では統一見解がなく様々な見解がありうるが、「人間の人格は徐々に形成されるもので初期胚には人格はない」と考え、胚の提供、遺伝子診断、研究利用など広範に認める教派がある。
ユダヤ教では「子宮に着床した時点で人となる」(親のコミュニケーションをなす意思の発動が鍵)と考えている。医療目的での受精卵遺伝子診断と胚の利用は認められる。
イスラム教では「受精後四十日ないし妊娠十三週以降に人となる」。つまり魂が受肉するととらえている。医療目的での受精卵診断と胚の研究利用は認めている。
先進国の各宗教ではこのように理念を示して、目前の技術を受け入れていいのかどうか選択を迫られてきている。
日本では「人はいつ生まれるか」という、科学技術庁が意識調査を行った。それによると受精のときが三〇%、分からないが三〇%、出産の瞬間からが一番少なかった。ところが民法、刑法上も人間としての権利が認められるのは分娩の後ということになっている。この調査の結果、日本人の意識はカトリックとほぼ同じと捉えられる。
人の受精卵を研究に利用していいかの問いで自由に利用して良いは二・五%、厳しい条件下なら四〇・五%、研究には認めないは約二〇%。残りの三〇%が分からないであった。この三〇%が今後どうなるかがこれからの各宗派の課題といえるのではないか。
同意無能力者、(精神的、知的障害者・高齢者)等の身体を生きているうち、または亡くなってから使っていいか、誰がそれを決めるのかという議論もなされなければならない。当然、子どもや胎児、受精卵ももこの中に含まれる。
死者の精巣・卵巣を培養して生殖細胞を作る研究も進んでいる。また動物などをどこまで使って良いのかなど様々な問題がある。
再生医療は、「生殖医療」、「遺伝子組替え」「移植医療」が重なり合ったところにある。日本ではこの全体像を理解せず、それぞれでの研究がバラバラにルールが決められている。その結果、倫理原則が不徹底になってくる。
移植法では臓器以外の組織については言及していない。また、ヒトクローン禁止法ではヒトの受精卵や精子・卵子の売買禁止を明記していないが、売買されたとすると、人体の無償性を無視することになる。日本の現状は縦割り行政の間で放任され、野放しにされている部分もある。
これからはいのちの終わりでなく始まりに注目すべき時に来ている。日本の宗教者のいのちに対する真摯な関わりを期待してやまない。
(文責在記者)
一例目 高知赤十字病院
(一九九九・二・二八)
1)ドナーカードは本物だったのか?2)脳波検査前の無呼吸テスト3)脳波検査の感度を上げなかった4)「脳死」判定(無呼吸テストを含む)合計五回5)臓器を摘出する時、なぜ麻酔をかけたのか?
二例目 慶応大学病院
(一九九九・五・一二)
1)入院後家族がドナーカードを見せると、医師は早速脳波検査に着手2)入院二日後、脳の保護より臓器の保護へ(抗利尿ホルモン投入)3)医師は「脳波が消えないからどうしますか」と厚生省の検証班に聞く4)なかなか消えない脳波を「環境雑音があるので平坦脳波と判断した」と
三例目 古川市立病院
(一九九九・六・一四)
1)入院直後の約九時間の間、脳挫傷に対する治療は一切行われなかった2)「脳死」判定前に、病院側は市長・警察などに「脳死患者発生」と連絡3)病院は六月十一日急遽脳死判定・臓器摘出のマニュアルを作成、しかし作成日を「六月一日」に前倒しにした
四例目 千里救命救急センター
(一九九九・六・二四)
1)家族がドナーカードを提示すると、すぐ抗利尿ホルモンを投入2)「脳死」判定に主治医が加わった3)脳波検査のミス(感度をあげず)で一回目の「脳死」判定やり直し4)「脳死」判定(無呼吸テストを含む)合計五回
五例目 日本大学病院
(二〇〇〇・三・二九)
1)患者はうつ病だった(中枢神経抑制剤を服用している可能性が高い)2)向精神薬の残存を考慮せず、入院後わずか一日半で「脳死」判定3)呼吸が蘇ったにも係わらず、医師は家族に「脳幹機能が回復しない」と説明4)「脳死」判定に厚生省の脳波判定マニュアルの一部を省略
六例目 由利組合総合病院
(二〇〇〇・四・一六)
1)患者が緊急入院の翌日,早くも「臨床的脳死」と診断2)「症状が極めて重く,手術など積極的治療法は選ばなかった」と病院側が説明
七例目 杏林大学病院
(二〇〇〇・四・二五)
真相が一切判明しない
八例目 藤田保健衛生大学病院
(二〇〇〇・六・七)
1)筋肉の弛緩剤の影響を確認しないまま,脳死判定に突入
2)最初の脳死判定、二回とも中止3)十五秒おきに筋肉刺激、待ち切れない焦り4)脳死判定前後五回
九例目 福岡徳洲会病院
(二〇〇〇・七・八)
1)「臨床的脳死」との診断が杜撰(脳幹生存)2)脳幹がまだ生きているのに、堂々と脳死判定に突入3)病院側の真実隠蔽、虚偽の説明
十例目 函館市立病院
(二〇〇〇・十一・四)
1)「臨床的脳死判定」が二回行われた2)「プライバシー保護」を口実に医学情報の封鎖
十一例目 昭和大学病院
(二〇〇一・一・八)
真相が一切不明
(松本文六氏作成)
総理府は昨年五月、全国四十七都道府県で「臓器移植に関する世論調査」を実施した。これによると「臓器移植法」の制定により、「脳死で臓器移植が可能となった」を「知っていた」=九五・○%と答えてはいるが、ドナーカード(臓器提供意思表示カード)の保持者は、九・四%に、また常時携帯者は四・○%にとどまっている現状が判明した。
同調査は二十歳以上の男女三千人を対象に行われ、有効回答数は二、一五六人。有効回答率七一・九%。
脳死での臓器提供には、本人が生前に脳死判定に従い、自分の臓器を提供する旨を書面で意思表示することが必要とされている。これについて、「知っていた」=九○・六%、「知らなかった」=九・四%となっている。
仮に、自分が脳死と判定された場合に心臓や肝臓などの臓器提供をしたいと今現在思うかどうかについて、「提供したい」=三二・六%、「提供したくない」=三五・四%、「どちらともいえない」=二七・六%となっており、三つに分かれている。
また、仮に家族の誰かが脳死と判定され、本人が臓器提供の意思を書面によって表示していた場合、その意思を尊重するかどうかについては、「尊重する」=六八・八%、「尊重しない」=九・五%、「その時になってみないとわからない」=二一・七%となっている。
一方、脳死での臓器を提供することについて、本人の意思表示と家族の承諾についてどう思うかについて、「本人の意思表示と家族の承諾が必要」=六九・九%、「本人の意思表示のみでよく家族の承諾は不要」=二○・六%、「家族の承諾のみでよく本人の意思表示は不要」=二・一%となり、臓器移植には生前の意思を尊重しつつ、家族の同意も必要とする考えが約七割に達していることが判明した。
今年で六周年を迎える阪神淡路大震災のセレモニーやイベントが、兵庫県全域をはじめ関西、首都圏等各地で行われた。
新日本宗教青年会連盟(新井光興委員長)は十七日、神戸市役所南側の東遊園地で行われた「1・17KOBEに「灯り」をともす会」(中島正義代表)の『市民のつどい1・17並びに神戸市震災六周年追悼の集い』のセレモニーに参加した。
新宗連青年会は六年前の震災直後、関係団体に呼びかけボランティアの派遣をした。当時ボランティアに参加したメンバーをはじめ、青年会役員が午前四時、寒風の吹きすさぶ東遊園地に集合した。
被災地NGO協働センター代表の村井雅清さん、事務局の鈴木隆太さんらの指導のもと、同広場に青竹を並べ「1・17」と作られた文字にローソクを一つひとつ立てていく作業を他の市民ボランティアと共に行った。
午前五時になると、集まった参列者とともに青竹に入っているローソクに点火。
ローソクにつけられた火は、昨年一月十七日午前五時四十六分に東遊園地の近くに建立された『希望の灯り』という名のガス灯の火を中島代表が巨大なローソクに移したもの。参列者がそれぞれの手に持つローソクにその火が移されていった。参加者は青竹のローソク一つひとつに火をともしては手をあわせて祈った。
午前五時四十六分の時刻を告げる音にあわせ、約一千人以上集まった参加者は黙祷を行った。
このあと同遊園地内の『慰霊と復興のモニュメント』の前で神戸市震災六周年の集いが行われた。
遺族代表のあいさつについで、笹山幸俊神戸市長があいさつ。次に遺族代表、神戸市長、参列者の順で献花を行い、午前六時二十分に集いを終了した。
新宗連青年会(新井光興委員長)は十六日午後一時から神戸市中央区の立正佼成会神戸教会で本年度第五回常任委員会を開催した。
まず、新しく就任した熊野隆規常任委員(立正佼成会)の紹介が行われ、来年度の事業計画を審議した。今年、国連が二〇〇一年を「ボランティア国際年」と定めており、新宗連青年会もボランティア活動を推進していくこととし、今後、事業として継続するように進めていくことを申し合せた。ボランティアに関する学習会を開催することを申し合せた。
また、毎年六回開催する常任委員会のうち、第二回常任委員会を週末に開催し、会場を地方連盟のある地域で行うこととした。
新宗連青年会奥羽連盟(藤原章雄委員長)は十二月二、三の両日、岩手県盛岡市の都南サイクリングターミナルで第二回常任委員会と第五回ユースフォーラム実行委員会を開催した。
二日、午後三時から常任委員会を行い、同連盟報告につづいて、青森、秋田、岩手の各県から、事業報告が行われた。
小笠原章友・青森県委員長が、これまで青森県が独自に行ってきた、プリペイドカードの回収活動の成果を報告し、奥羽連盟全体での活動に広げることを提案、了承された。
このあとユースフォーラム第五回実行委員会に移り、開催要項、プログラムの内容、運営スタッフ募集などについて検討した。
兵庫県山南町の円応教(深田充啓教主)は、十一月二十二、二十三の両日、本部本殿礼拝所などを会場に、「円応青年会結成四十六周年記念大会」を執り行った。
一日目は、青年会館グリーンホールを中心に前夜祭が行われ、アームレスリング大会、ビンゴゲーム、ダンスタイムと盛りだくさんのプログラムが繰り広げられた。
記念式典は、二日目午後十二時三十分から本殿礼拝所で開催された。青年会旗、青少年部旗の入場、「おつとめ」、青年四十二人による「平和へのメッセージ」の朗読につづき、深田惠子青年会会長ら青年会委員七人が、十月に新宗連青年会の平和特使団として韓国を訪問したことなどの活動報告が行われた。
ついで、深田会長があいさつに立ち、「円応教の教えは素晴らしいと言っても、その教えを自らのものにしなければ意味がないと思います。それには実践のみです。親だけが子供のために手を合わせるのでなく、幸せの道を作り上げるためには、自らも手を合わせることが大切です」と述べると、役員改選に伴う新委員二十七人が舞台に整列。深田会長が、一人ひとりを紹介した。
このあと、深田教主が登壇し、「御親教」を行い、「青年会結成五十周年はいまから始まっています。いまから人様を導き、楽しませ、そして、青年会に一人でも多くの方をお導きし、その人たちに幸せの輪を広めていただくことをお願いします」と呼びかけた。
二十三日は式典のほか、劇、オークションなどの催しが青年会館グリーンホールで行われ、また、青年会館前には、模擬店、子供コーナーなどが設けられた。
神奈川県伊勢原市の思親会(飯島正三会長)は、十四日午前十一時から思親大宮殿法悦の間で統合青年部(伊藤章生統合青年部長)結成四十六周年式典を執り行った。
第一部は、伊藤青年部長を導師に読経供養五品を行った。
昼食をはさみ第二部で、伊藤青年部長があいさつ。「思親会統合青年部は、あらゆる場づくりをしていきたいと思います。修行のできる場、相談できる場、仲間同士分かち合い深め合う場を好きな時に好きなだけ得られる場面づくりをしていきたいと考えます。個人個人が悩みながら思親会とは信仰とは何なのかつかんでほしいと思います」と語った。
つぎに同青年部の活動紹介が行われ、毎年行っている七面山参拝・林間学校をはじめ、二十歳以上の青年男女を対象に法華経を学ぶ「思青塾」の活動を青年部員が説明した。ついで、昨年の林間学校で好評だった「劇」が青年部員十数人の男女によって披露された。最後に青年部OBを代表して、加藤啓子さんが青年部に入部した当時の体験を述べた。
このあと会場を食堂に移し懇親会が行われた。テーブルには、朝早くから青年部スタッフが準備したサンドイッチ、お汁粉、甘酒が並べられ、参加者は口に運びながら、なごやかなに歓談した。
新宗連企画委員会(田澤豊弘委員長)は、十日午前十一時から、東京・代々木の新宗連会館で第二十一期第十三回委員会を開催した。
はじめに田澤委員長が開会あいさつを行った。会議では、「結成五十周年事業の推進」と「WCRP三十周年事業」について報告が行われた。
ついで「本年度事業計画案」の検討に移り、1)基本事業計画、2)年度事業計画、3)会議日程について協議を行ったあと、「結成五十周年三ヵ年基本計画『活動推進に向けての検討報告書』」をもとに、1)新しいスローガン、2)委員会・機関の充実、3)加盟教団の拡大について協議を行った。
同委員会が作成した十三年度事業計画案、新しいスローガン、委員会・機関の充実は、二月九日に開催される理事会に提出される。
WCRP(世界宗教者平和会議)が創設されて三十年を迎え、その記念式典が昨年十一月二十八日、三十年前に第一回世界会議が開かれた京都の国立京都国際会館で開催され、ヘルムート・シュミット元西ドイツ首相が「新たなる世紀における人間の責任」と題して講演した。
このほか、三十周年の記念行事として、二十七日には「紛争和解と宗教者」をテーマに記念シンポジウムが開かれ、二十九、三十の両日にわたって、「国際宗教NGO軍縮会議」が開催された。
世界三十九カ国から三百人の宗教指導者を集めて第一回世界会議が開かれたのは一九七〇年十月のこと。以来、四ないし五年ごとに国際会議が開かれ、一昨年十一月のヨルダンの首都アンマンでの会議で七回目を数える。
七〇年当時はベトナム戦争が泥沼の様相を呈していた頃、戦争終結への手がかりをつかもうと、真剣な討論が繰り広げられた。
この三十年間で、東西冷戦構造が終焉し、WCRPの課題は地域紛争の問題となり、具体的な行動も生まれている。この間国際委員会も充実し、中東問題へ積極的な関わりも見せている。
記念式典は日本委員会(白柳誠一理事長)が主催して行われたもので内外の宗教者千九百人が参加して国立京都国際会館のメインホールで開催された。
杉谷義純WCRP日本委員会事務総長のあいさつにつづき、三十年の歴史を振り返るVTRが上映され、白柳理事長があいさつ、「文化、民族、宗教など、あらゆる分野の『ちがい』は人類を豊かにしてくれるもの」と三十周年の総合テーマ「二十一世紀ちがいを大切にともに生きよう」を解説した。
記念講演でシュミット氏は二十一世紀に想定される危機として、人口爆発、地球温暖化、地域紛争などをあげ「平和構築に向け、政治指導者と宗教・霊的指導者との対話協力が必要」と述べた。
創設三十周年記念シンポジウムは、十一月二十七日、京都・宝ヶ池の国立京都国際会館で開催された。テーマは『紛争和解と宗教者』で、国内外の宗教代表者を含め、約九百人が参加した。
「平和の祈り」、白柳誠一WCRP日本委員会委員長のあいさつにつづき、世界各地の紛争地域で、調停活動や和解活動に携わる五人のパネリストが基調発題を行った。コーディネーターは、杉谷義純同日本委員会事務総長で、助言者をウイリアム・ベンドレー同国際事務総長がつとめた。
パネリストは、教会を中心に「癒しと和解」の活動を続けている英国国教会コベントリー教会広報担当官・ローレンス・モータイヤー氏、カトリックの在家信者の集りで、モザンビークなどの紛争和解に貢献した聖エジディオ共同体のアジア責任者アゴスティーニョ・ジョバニョーリ氏、スリランカで仏教を基盤とした農村開発運動(サルボダヤ運動)を展開しているA・T・アリヤラトネ氏。
さらに、カンボジアの国家再建と旧ユーゴスラビアで人道援助問題を担当した元国連事務次長明石康氏、一九四八年に軍隊を廃止したコスタリカの元大統領ロドリコ・カラゾー氏。
モータイヤー氏は、コベントリーの青年とドイツの青年が相互に訪問する中で、互いの痛みや苦しみに耳を傾けるという「和解」、次に「調査・分析」、さらに「救済」の各活動事例を紹介した。
ジョバニョーリ氏は、主としてモザンビークでの政府軍と反政府軍の内戦の調停活動と休戦に至るプロセスを紹介した。
アリヤラトネ氏は、非暴力運動でもあるサルボダヤ運動が、平和の創出、宗教間の調和、共同体内の一致を創り出す上で、大きな力となっていることを報告した。
明石康氏は、紛争を未然に防ぐための予防外交の重要性と、そのためのネットワーク構築の必要性を指摘した。
最後にカラゾ氏は、五十年にわたって軍隊を持たないコスタリカの歴史と、軍事予算分を社会開発にあて、諸制度を充実させてきた政策を報告した。
討論と補足説明では、飯坂良明WCRP日本委平和研究所所長が「赦し」について、また、上田賢治同平和研究所所員が、イスラエル・パレスチナの緊張関係について質問した。
これに対してベンドレイ氏は、WCRP国際委員会として事態を憂慮しながらも、条件が整い次第、紛争和解のための使節団派遣の用意があることを表明した。
WCRP(世界宗教者平和会議)日本委員会(白柳誠一理事長)は、創立三十周年を機に発足させた「WCRP軍縮安全保障常設委員会(国際宗教NGO軍縮会議)」第一回会議を十一月二十九、三十の両日、京都市左京区の京都国際会館で開催した。
会議は非公開で行われ、WCRP関係者、海外の軍縮専門家、日本委員会からオブザーバーなど約四十人が集まり、核兵器廃絶、紛争予防の問題について討議。会議終了後の記者会見で、議長をつとめた杉谷義純・WCRP日本委員会事務総長らが、「ミサイル防衛システムに関するWCRP声明文」とこれに関する行動計画を発表した。
声明文は、「ミサイル防衛システムの開発は、核実験の再開と核兵器の更なる配備を促すおそれがあるばかりでなく、現在保有されている核兵器の削減を一層困難に致します」などと指摘し、今後、国連関係諸機関、各国の政治指導者などに配布される。
行動計画には、軍縮など十項目以上の個別的優先課題が列挙され、それらの取り組みのためにも、「大量殺戮兵器、宇宙兵器並びに拡散問題」「非暴力及び軍縮に関する教育」など五つの作業グループ設立の提案が盛り込まれた。
新宗連和歌山県協議会(福島春治議長)は、十一月二十九日午前十時から、立正佼成会和歌山教会で学習会を開催した。
福島議長が、「協議会としては、アピールできるこれといった事業を行っていませんが、今回の学習会の成果を基にして、皆様の知恵をいただき、よい成案を得て進んでいきたい」とあいさつ。
ついで、佐山貢一郎事務局長が、立正佼成会の信仰について体験をもとに講話。信仰の動機などを述べたあと、白血病の青年との関わりを通して学んだ祈りの大切さを語った。
このあと、九月一日から一カ月の間取り組んだ「買い物から出るゴミ家計簿」の調査集計報告書が配布され、那須弘友紀新宗連事務局員が分析を行った。二回目の取り組みで、会員三百二世帯の協力を得て実施し、生活の入口である買い物からゴミを減らすことの重要性を学んだ。
グループディスカッションのあと、佐山事務局長の歌唱指導で「新宗連の歌」を練習。最後に全員で斉唱した。
財団法人・日本宗教連盟(北条成之理事長)は十一月二十二日、午後二時から、東京築地の本願寺築地別院で、第十七回「宗教と税制シンポジウム」を開催した。
大石眞・京都大学教授が「宗教法人と非課税制 憲法学の視点から考える」と題し、講演を行った。
大石教授は、宗教法人の非課税制について一般に、「信教の自由」と「政教分離」が混同された議論になりがちと現状を分析し、これを明確に分けるべきだと指摘した。
また、宗教活動における非課税制については、非課税こそ万国共通の認識であり基本であると述べた。
新宗連十勝地区協議会(桑原康彰議長)は十一月二十六日午前十時から、帯広市の立正佼成会帯広教会で「平和学習会」を開催した。
この学習会は、同協議会が毎年開催しているもので、今回は、新宗連の歴史と地球環境問題について学習を行った。開会につづいて、桑原議長があいさつを行い、宗教協力の理想に向かい、一つ一つ活動実績を積み重ねていく重要性を説いた。
二教団の会員代表が、日頃の信仰活動をとおしての体験を発表。ついで、斎藤謙次新宗連本部事務局次長が、「結成五十周年を迎える新宗連」と題して講演を行った。
新宗連首都圏総支部(稲子知義会長)は、十二月十八日午後三時から東京・代々木の新宗連会館で、総支部正副会長と協議会議長・事務局長による代表者会議を行った。
新宗連本部からの報告、各協議会の活動報告のあと、次年度の総支部活動計画・予算について意見を交換した。ついで新宗連青年会関東連盟の畔上晃紀委員長代行が同連盟の現状を報告し、総支部へのさらなる協力を要請した。また、新宗連結成五十周年記念の総支部集会は、関東連盟を主体として開催することが提案された。
東京都宗教連盟(中村硯志理事長)は十八日、東京・赤坂の日枝神社で、本年度第一回定例理事会を開催。都庁からの連絡事項報告のあと、協議事項として昨年度の決算報告、事務指導者研究協議会の決算報告が行われた。また、会議に先立ち、二年間の理事長担当団体の任期を終えた日本宗教連合会から、新理事長担当団体となる新宗連東京都協議会に事務引継ぎが行われた旨の報告がされ、了承された。
新理事長は立正佼成会東京教区長の黒沢国雄氏が就任した。
十二月八日から十二日まで、東京・千代田の九段会館で、日本軍性奴隷制を裁く「女性国際戦犯法廷」(共同代表=松井やより・「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク、尹貞玉・韓国挺身隊問題対策協議会、インダイ・サホール・女性の人権アジアセンター)が開かれた。
この「法廷」は「国際民間法廷」で、法的拘束力を持たないが、アジア各地から集まった七十人以上の元慰安婦や、旧日本軍軍人などが、戦時中の慰安婦制度について証言し、国際法の専門家とともに旧日本軍の慰安婦制度の責任者を裁こうというもの。
判事団は最終日に昭和天皇を人道に対する罪で「有罪」とし、日本政府に賠償責任があるとの「判決」を下した。
世界人権宣言五十二周年記念東京集会が十二月五日、東京都中央区の中央会館ホールで、同大阪集会が七日、大阪市天王寺区の大阪国際交流センターで、それぞれ開催された。
東京集会は、一九九八年大阪で起こった差別身元調査事件真相報告集会として行われ、北口末広・部落解放同盟中央執行委員、高橋正人・同書記長が基調講演。また、集会アピールとして、雇用や職業における差別撤廃を定めたILO(国際労働機構)一一一号条約の早期批准を進めていくことを採択した。
大阪集会は、二〇〇一年三月に国連人種差別撤廃委員会で同条約に関する日本政府の報告書がはじめて審議されることに向け、同条約の日本国内での完全実施に向けた課題を明らかにすることなどを目的に開催した。友永健三部落解放・人権研究所所長の基調提案、パネルディスカッションなどが行われた。
財団法人・全日本仏教会(北条成之理事長)は十二月四日、午後一時から、東京築地の本願寺築地別院で「いま、仏教と医療を考える…医療における仏教者の役割とは…」をテーマに教化セミナーを開催した。
はじめに佐藤雅彦・大正大学講師が「脳死・臓器移植問題にどう向かうか」と題し、臓器移植法の見直しの骨子と問題点について講演。脳死・臓器移植が仏教の教えに合うかどうか論ずるよりも、「移植を求める」「脳死を認めない」などの意見を「生の執着を捨てきれない」と責めるより、救いを求める人の心を大事にするべきではないかと述べた。
次に、「ビハーラによるケアと仏教者の課題」と題し、田宮仁・飯田女子短期大学教授が講演。スライドやVTRを使い、台湾と韓国の国立大学付属病院緩和ケア病棟の模様を紹介した。
宗教の枠を超えて現代社会の諸課題などを考える「宗教倫理学会」の発会式と第一回の学術大会が、十二月九日、京都市上京区の同志社大学神学館礼拝堂で行われた。
同学会は、宗教不信の社会状況の中で、仏教やキリスト教などの研究者たちが、宗教に関連する倫理的課題を幅広く考察し、その成果を社会に還元することを目的として設立されたもの。
発会式は、午前十時から開催され、発起人の一人、頼富本宏・国際日本文化センター教授が議長となって、規約の承認、役員の選出などが行われた。会長には、爪生津降真・京都女子大学学長が、副会長には、シュペネマン・クラウス・同志社大学教授が、事務局長には、小原克博・同志社大学助教授が選出された。
今後は、年一回の学術大会を開催するほか、諸宗教の対話のみならず、自然科学の諸分野との学際的な対話を積極的に進める。
ついで、爪生津会長が「宗教倫理学会設立の意義」と題して基調講演を行い、宗教の多元化、民族問題における宗教対立、カルトなど宗教に関わる問題はますます複雑化し、解決は容易ではない。このような宗教と社会の間にある問題に対して宗教は、積極的に取り組み、本来のあり方を考えていくべき」などと学会設立の趣旨を述べた。
このあと、「宗教と倫理」のテーマで公開シンポジウムが開催され、新井俊一・相愛女子短期大学教授の進行で、淨原法蔵・岡山理科大学教授、神田健次・関西学院大学教授、徳永道雄・京都女子大学教授がパネリストとなって活発な意見交換を行った。
大阪市天王寺区の妙道会教団(佐原慶治会長)では、昨年十一月に本部施設「新本部大聖堂」が完成し、十一月二十六日には大阪市内のホテルで、立教五十周年記念・落慶祝賀会を、また十二月九、十、十六、十七日の四回に分けて、涌出したばかりの大聖堂で盛大に大聖堂落慶式を執り行った。
同教団は、一九九八年四月、現在地にあった本部施設を全面撤去し、新本部大聖堂建設を行っていたもの。
大聖堂は、地下二階、地上四階建てで、二階から四階までが吹き抜けの大講堂、一階がロビー、事務所、地下二階に小講堂、地下一階に駐車場、そして地下二階と一階が吹き抜けの食堂となっている。建坪は約千百坪。
十一月二十六日は、会員代表が参列して入仏式を厳修したあと、午後零時三十分から市内のホテルで、立教五十周年記念・落慶祝賀会が催された。
最初に世界平和と先達への報恩感謝を込めて全員で黙祷を行ったあと、佐原会長が登壇してあいさつ、「立派な建物が出来ましたが、形としての完成ではなく、いよいよ出発の日であり、大衆救済の上で、ご精進いただく日であります」と述べた。
大聖堂の設計を担当した日建設計、施工の大林組への感謝状の贈呈などにつづいて、奥野誠亮、森岡正宏両衆議院議員、平岡英信清風学園理事長が、それぞれ来賓を代表して祝辞を述べた。また、祝賀の途中、教団の歩みを描いたビデオ「妙の道」などが上映された。
十二月、四回にわたっての落慶式は、いずれも午前十時三十分から本部大聖堂で執り行われた。
修祓の儀、ご開扉、和服姿の女性六人による献燈の儀につづいて、佐原会長が献香の儀を行い、啓白文を奏上した。読経のあと、佐原会長と会員を代表して佐原理事長がそれぞれ玉串を奉奠した。佐原会長による宝塔偈奏上、十一月二十六日の祝賀会での来賓祝辞のビデオ上映などが行われた。
ここで佐原会長が登壇、「『念ずれば通ずる』の言葉のように、二年半にわたる工事が無事故、無災害で出来ました。工事関係者の方もさることながら、会員の皆さま、そして霊界と三位一体となったからこそです」と工事の無事を報告。
そして、「聖堂涌出に皆さまの御法の心を合わせ精進していただきましたが、聖堂を作るために心血を注いだのではなく、お一人おひとりの心の中に信仰の灯を灯させていただくことを念願してきたのです」と述べ、本年二月四日の立教五十周年、さらには二十一世紀を迎え、一層の「御法活動」への精進を訴えた。
大阪府富田林市のパーフェクト リバティー教団(御木貴日止教主)は、十二月二日、御木教主の四十三回目の誕生日を祝う教主誕生祭を、執り行った。
聖地での式典は、午前十時半から第二錬成道場で挙行された。ファンファーレの音で開式。聖号奉唱、PL遂断詞(しきりのことば)、原口英明祭司長による祭文の奏上ののち、御木教主が入場。聖花を献上して遂断(しき)ったあと、ゆっくりと会員席の方へ向き、両手を大きく広げ「祝福の神事」を行った。
式典後、御木教主が再び登壇すると、参列者が一斉に「おめでとうございます」と祝いの言葉を述べ、参列者代表が御木教主に花束を贈呈。ついで御木教主が「親講」を行った。
式典後、午前の部は主にPL学園生、夜の部は聖地在住・在勤の教職者らの奉祝行事が行われた。
国内外の教会、支所、出張所でも奉祝行事が行われた。
仙台市青葉区の大和教団(保積秀胤教主)は十二月七日午前九時三十分から、同市郊外の大市山の大國神社で保積史子開祖の誕生日を祝う開祖誕生奉告祭を斉行した。
保積開祖は九十三回目の誕生日を迎え、式典後に祈祷殿で開かれた祝賀会には元気な姿を見せ、はっきりとした言葉であいさつ、「感謝と慈悲の心が大切です。大和は拝むだけではありません、心作りが大切なのです」と述べ、開祖自身の修行の足跡を振り返ったあと、先ごろ組織された大國講にふれ、「大國講にさそって幸せな運勢をいただいてください」と呼びかけた。
岐阜県岐阜市の真生会(田中偉仁会長)は六日、「大聖年」を迎え「聖なる扉 閉扉式」が挙行されるバチカンを訪問した。田中会長はじめ幹部四十人はローマ教皇の名代、教理聖省次官ベルトーネ北イタリア枢機卿と会見し、田中会長直筆の『吉祥』の屏風をローマ教皇に贈呈した。
席上、田中会長に教皇庁から国賓などに贈呈された一三〇〇年の教皇ボニファチウスによる「聖年公布の大勅書」の完全復刻版、限定三百六十五冊の最後の一冊が贈られ「聖年の扉は閉じられましたが、私たちの宗教対話の扉は永遠に開かれています」とのメッセージが伝えられた。
福岡県太宰府市の大法輪台意光妙教会(小林正芳会長)は、十三日から三日間にわたり、開祖「大日如来様」の「第二十三回御昇天奉祝大祭」を執り行った。
十三日は午前十時三十分に開式。「たらちねの御慈悲様」の斉唱あと参列者全員で「南無阿弥陀仏」を三唱した。
大祭委員長をつとめる小林会長が「大祭しんりのお開き」で、「テレビ、新聞などを見ると、世の中は善悪もつけられないような状況です。私たちは大日如来様のおぼしめしでありがたいお助けの場をいただいています。お助けをいただくために、大日如来様は『南無阿弥陀仏という合掌の心が大切』とおっしゃっています」と述べ「今日から三日間、共に大日如来様からお助けをいただいた喜びと奉仕の心を持って過ごしましょう」と語った。
焼香、開扉、「竜誓奏楽」、「地搗き歌囃」の奉納、「生命威光様(みいずさま)お出まし」につづき、「大日如来様おんみたま様お迎え」が行われ、真紅の幕、白の幕が順に開き、「大日如来様」が台臨。感恩詩奏上のあと、「大日如来様」の示した「御真言」の録音が場内に流れた。
「大日如来様」退座ののち、星野政和大祭副委員長が「しんりのお開き」を行い、「この世のすべてを大日如来様がお与え下さったという気持ちになったとき、宇宙全体に支えられている心になります」と述べた。
最後に、「生命の威光様」が参列者に下賜された。
東京・代々木の妙智會教団(宮本丈靖会長)は、十四日午前九時から本部・本殿で初供養会ならびに成人式を挙行した。
教団歌奉唱、献灯・献華の儀のあと、宮本会長が入場し、祈願文を奏上。つぎに埼玉地区の鈴木麻朱江さんが体験発表し、両親への感謝の言葉を述べた。
綱領の唱和につづいて壇上で記念品の贈呈が行われ、宮本会長が新成人一人ひとりに記念品を手渡し、力強く握手。会場から祝福の拍手を受けた。
会場の最前列中央に座った新成人に、宮本会長が指導。「父母の恩をはじめ、まわりの人に感謝の気持ちを忘れてはいけませんよ」と語りかけ、「どんな親でも、子を思わない親はいません。親孝行をする人は立派になるのです。悪いことは改め、良いことを伸ばしていくことが大切です。そして、ここにいる三千人の方々にお祝いされていることを忘れないように」と結んだ。
千葉県野田市の霊波之光教会(波瀬敬詞教主)は、八日午前十一時から教会本部で「成人之儀」を挙行した。
聖神殿で波瀬教主が新成人に「御祈り」を捧げたあと、新成人代表が波瀬教主に感謝の花束を贈呈した。波瀬教主は、「石の上にも三年」のことわざを引用し、「夢を持って、あきらめず歩めば夢は実現する」と、「御言葉」を述べた。
このあと新成人はAYUMI館に移動し、「成人の祈り」集会が開催された。
井出正一理事があいさつしたのち、拍手に迎えられ波瀬敬仁次代教主が入場した。波瀬次代教主は、昨年六月に教主名代として大祭を執り行った際、多くの信者の協力により成功した体験を語り、感謝の尊さを述べた。
このあとの「青年の主張」では新成人代表二人がそれぞれの決意を発表した。
東京・池袋の修養団捧誠会(出居茂総裁)は、十四日正午から本部平和郷で、「成人の日の祝い並びに新年大会」を挙行した。
出居総裁の「祈りの言葉」についで、「教祖礼拝の詞」などが奏上された。
新成人が登壇して紹介され、くじ引きによる質問を受け、将来の夢や幼い頃のエピソードなどが披露された。
ついで祝盃を受けた新成人は、「お守」と「みおしえ」を出居総裁から授与された。
「おことば」に立った出居総裁は、本年度各地で起こった成人式の騒動に触れ、「『しょうがない』で済ませてはいけない。自分を省みることが必要です。みなさんは、教えの中心である反省、感謝、実行を生活の基本として歩んでいただきたい」と、述べた。
このあと和やかに行われた新年大会では、出居総裁が歌声を披露した。
岐阜県岐阜市の真生会(田中偉仁会長)は二十一日午前十一時から真生寺の本堂で、新年祝寿祭・先祖法要並びに会長先生誕生会を執行した。
前日から関東・中部一体に大雪が降りつづき、朝から田中庸仁理事長が陣頭指揮してスタッフ全員で雪かき。
式典に先立ち左義長が行われ、ダルマ・正月飾りや札などが焚き上げられた。
新年祝寿祭並びに先祖法要では、青年女子の献灯献花が行われた。ついで、田中会長田中理事長の導師入道につづき「ご詠歌」奉納、供養読経が行われた。
休憩をはさみ午後一時から一心行表彰、帰依報恩唱のあと田中会長が真教を行った。一月四日から十三日までローマ・バチカンを訪問した時の様子を語ったのち、「二〇〇一年は、はばたく年であるためゼロからの出発としていきたい。驕慢な考え方は捨て、明るく楽しくありがたくをモットーに頑張ってまいりたいと思います」と述べた。
つづいて誕生会が行われ、親族が田中会長へ記念品を贈呈した。また、青年部、壮年部の代表者から花束が次々に贈られた。
最後にお楽しみ抽選会が開かれ、なべ・毛布等の品々が、田中会長から当選した会員一人ひとりに手渡された。
東京・池袋の修養団捧誠会(出居茂総裁)は、十二月三日正午から本部平和郷で、出居清太郎教祖の生誕一〇一年祭を挙行した。
「君が代」・教祖讃歌斉唱、礼拝行事についで、出居教祖の「おことば」(録音テープ)を拝聴した。青木恒春会長のあいさつ、野村茂久高知支部長の会員代表祝辞についで登壇した出居総裁は、教祖の精神を確かめることが教祖生誕祭の意義であることを説き、「教祖の抱いた希望を自らの精神にしてください」と述べた。最後に乾杯を行い閉式となった。
つづいて同会の「みおしえ」を広める重要な役職である教学院長人事が発表された。これまで約十七年にわたり教学院長を務めた平賀清隆氏が退任し、同副院長の小松秀憲氏が第四代の院長に就任することが伝えられ、両氏があいさつしたのち、出居総裁が平賀前院長の労をねぎらい、小松次期院長への期待を語った。
東京・四谷の解脱会(岡野聖法法主)は、十一月二十八日午前十時三十分から、埼玉県北本市の「御霊地」で会祖岡野聖憲師(解脱金剛尊者)の第百二十回生誕祭を挙行した。
式典は、花などで荘厳された頌徳碑前で行われ、一同礼拝、尊者の「み声」を拝聴し、参列者全員で「御生誕祭の歌」を斉唱。岡野法主をはじめ、本部役員、来賓、各種表彰受賞者が頌徳碑と五輪宝塔に菊花を捧げ、参列者全員で勤行を行った。
式辞に登壇した岡野法主は、「深く師恩に感謝し、誇りをもって行動し、前進しよう」と述べるとともに、解脱金剛尊者が著した『真行』から「唯一人を導き得ざるものは絶対に多数を導き得るものではない」と述べ、「真の人心救済、世相善導、平和をもたらす生命の、実力の宗教の到来が熱望される時がきたのです。会員は金剛様の心を心として、解脱のみ教えを叫んでいかなければならない」と説いた。
来賓を代表して加藤高・北本市長が祝辞を述べ、最後に全員で会歌を斉唱した。式典後、直会が行われ、参列者には甘酒やお汁粉が振舞われ、青年部特製の「甘茶入り五色うどん」に舌鼓を打ち、和やかなひとときを過ごした。
兵庫県氷上郡の円応教(深田充啓教主)は、六日午前五時から、本部「教祖御墓所」で深田千代子教祖の遺徳を偲び、「第七十七回忌墓前祭」を厳修した。
午前四時過ぎ、墓所前に参拝者がぞくぞくと参集。暗闇の中を参拝者が手にした「ささげ火」が幻想的な雰囲気を醸し出す。式典は、松明に照らされた深田教主が「ささげ火」の明かりの中を進み、祭壇の席に着座して始められた。深田教主の導師で「おつとめ」が行われ、寒さの中、参列者は自覚反省懺悔文を一心に奏上した。
ついで、深田教主が「御親教」。二十世紀は戦争の時代であったと振り返り、「二十一世紀はもっと自然を愛し、人と共にある共生の時代でなければなりません。すべての人が平和で楽しく暮らすことが一番大事です」と述べた。
さらに深田教主は、「一人が一人を幸せにさせていただく働きこそ御教祖様のおっしゃる教えに従い、教えに殉じ、教えを行じさせていただく信者の働きだと思うのです。どうぞ、本年は一人でも多くの方にこの喜びを与え、共生の時代を生き、生かしていただきたいと思うのでございます」と語った。
このあと、午前七時から本殿礼拝所で「御教祖第七十七回祥月祭」が行われた。
福岡県筑紫野市の善隣教(力久隆積教主)は、十三日午後二時から、本庁「捨身の松神社」前で、「生命浄化捨身御水行」を厳修した。
同水行は、十六日から十八日にかけて行われる「班長錬成講習会」の中日に実施されたもので、力久教主が教祖の追体験をするとともに、水行を通して「捨身の御行力」を「鎮魂瑞(ちんこんすい)」に入魂した。
凍てつくような寒さの中、力久教主は、捨身の松神社を参拝したあと行壇に立ち、桶の水をかぶって着座。ついで、行壇前に参列した班長が「天地一切一心正念経」と「御璽教」を唱和する中、教師代表が力久教主の肩に柄杓で水を注ぎ始めた。十回毎に頭部に注がれると、参列者は全員で「やりまーす」と大声で応援。約一時間が過ぎ、水行を終えた。
このあと、幹部は聖堂に移動。体を温めた力久教主が元気な姿を見せ、説法を行った。班長一同は、力久教主の命をかけた「捨身の祈り」に少しでも応え、精進することを誓った。
愛知県豊川市の世界心道教(會田政美教嗣)は、十二月二十三日、本部・神殿で天下り献穀祭を挙行した。
午前九時三十分開式。會田教嗣が榊舞を行い、祝詞を奏上したあと、「むほん払いづとめ」「神楽舞」についで礼拝行事が行われた。
講話に立った會田教嗣は、天下り献穀祭の意義を解説したあと、「参列者の皆さん、これからの一週間、二十世紀に心残りがないようにしっかりと精進してください。そして新しい心で二十一世紀を歩んでまいりましょう」と新世紀への心構えを説いた。
また家庭教育の重要性に触れ、「円滑な人間関係には会話が大切です。家庭の中でも会話が少なくなってきたと言われますが、会話を増やすには親の方から歩みより、子どもとの会話を増やしていく努力が大切です」と教示した。
また、教祖・會田ヒデ師の二度目の天啓を記念し、午後十時二十分から會田教嗣が斎主となり、「むほん払いづとめ」が行われた。
大阪市東住吉区の出雲神道八雲教神人会教団(柏原真教主)は、十二月十七日午後一時三十分から冬至大祭を斎行した。ろうそくに火を灯して開式。修祓、斎主の柏原夫佐子教補による大祭祝詞奏上ののち、三科の祓、大祓いなど各種祝詞を参列者一同で奏上。
柏原教補が鈴を手に「鈴の祓い」を行った。
柏原教補は、二十世紀最後の大祭ということで、戦争、諸外国との関係、高度成長と二十世紀の日本をふりかえり、「便利な世の中になったが、これだけ自然がなくなると皆に心の余裕がなくなっている。心の問題を考えなければ」と二十一世紀の課題を述べ、最後に「お互いここまで一緒に信仰してきました。つらいことがあったら言ってほしい。力は足りないと思いますが、神様に対する仲立ちはさせてもらいます。ここまでお互い来れたことを喜びましょう」と語った。
東京都足立区の直日教(木村和子教主)は十二月二十三日午後一時から本部教会で大祓式を執行した。
開会のことばにつづき、山口明章理事が講話。修祓、警蹕、献饌の儀、「御神歌」を参列者一同で斉唱したのち祝詞を奏上、木村教主が参列者とその家族の名前を読み上げた。つぎに太鼓の音に合わせ、各々が「尺拍子」で体をたたきながら「大祓詞」を連唱し、会場は熱気にあふれた。
このあと、山口理事の指導のもと、参列者一同が輪になって掛け声を上げながら体を動かす「体行」を行った。最後に「禊場」で木村教主と山口理事が絶え間なく冷水をかぶり、一人ひとりにお祓いをする「禊祓」が行われた。
小憩後、直会が行われ、木村教主があいさつ、「今日はご神前で罪穢れを祓い清め、神のみ力をいただいて、新しい年を迎える準備ができました。これからも前進し、神道教団のみちを歩みたいと思います」と述べた。
大阪市天王寺区の和光道教団(斎藤月よみ教主)は、十二月二十一日午後七時から冬至大祭を斎行、あわせて鳴動式を行い、来る年の招福を願った。
修祓、斎藤教主による大祭祝詞奏上ののち、斉藤教主、参列者の順に玉串を奉奠。巫女が神楽舞を奉納して、鳴動式に移った。
鳴動式は、神前に神米を入れた釜を据え付け、鳴り響く音の大きさで来る年の運を占い開運を祈るもの。斎藤教主が、湯気立ちのぼる釜の中に神米を次々に入れると、「ゴォー」と音が鳴り、次第に大きくなっていった。
部屋全体に音が鳴り響く中、祝詞、大祓を奏上。参列者一人ひとりが神米を釜の中に入れていった。ついで、お神酒と神米の湯気で清められた開運の「運引き蛙」が参列者に授与された。
このあと、斎藤教主が講話を行い、「最初は音が鳴らず、心配しましたが、大きく鳴りましたので大丈夫です。来年も良い年ですので、どうぞがんばって過ごしてください」と述べた。
東京・杉並の立正佼成会(庭野日鑛会長)は七日、午前九時から、本部・大聖堂で、「御親教式典」を行った。これまで、新年五日に「初ご命日」式典として行ってきたが、本年から七日に名称を変更して行われた。
東京佼成ウィンドオーケストラによる序奏が演奏され、開式。全員で題目三唱、会員綱領唱和、「君が代」・会歌斉唱、奉献の儀につづき、庭野会長を導師に読経供養が行われた。
酒井教雄理事長が年頭のあいさつをし、二人の会員代表が決意の言葉を述べた。
つづいて、庭野会長が法話。「簡素」「新生」と書かれた二幅の書初めを披露し「仏さまの教えを、私は『無常』と受け取らせていただきました、といつも申しておりますが、『新生』は無常と同義語ではないかと思います。無常とは、自らがまた環境が、常に変化するということですから、変化により新しいものが生まれるわけであります。『新生』というと、無常の暗い哀しい部分より明るく前向きな感じがすると思います」と述べた。
大阪府堺市の日光教(寺口晃正教主)は、十四日午後一時から本部神殿で新春恒例の鏡開きを斎行した。
太鼓の音を合図に開式。参列者全員で「祈誓の詞」を奏上したののち、火打金木、修祓、各種祝詞を奏上した。寺口教主、責任役員代表、参列者の順に玉串を奉奠、数え歌を全員で唱和した。
式典後、寺口教主の「光話」。寺口教主は、「今年のテーマは、『絆を強める年』です。神の前に何回も足を運び、心を通わせ、神と自分の間を親密にしていかなければなりません。また、親子、兄弟、知人そして、お得意様にも何回も足を運んで絆を深める。そうすば、信頼関係ができるのです。今年は、大神様の教えに従い、楽しく生きていく。自分だけでなく、家族など共に楽しく生きていくように考えていただきたい。大事なのは絆です」と述べ、「いただいたテーマをそれぞれの胸にきざみ、今よりも一歩も二歩も前進していただきたい」と一層の精進を促した。
なお、式典に先立ち、鏡開きをした餅を使った開運の雑煮が参列者全員に振る舞われた。
三重県鈴鹿市の現證宗日蓮主義仏立講(上村日正講主)は七日午前十一時から、本部道場で、新年講を開催した。
上村講主が導師となって先祖供養や心願成就などの祈願、読経が行われ、この間太鼓の連打に合わせて参列者全員が拍子木を打ち、一心に唱題して勤行した。
つづいて講座に移り、上村講主が新年のあいさつを行ったあと講話。はじめに故藤井妙愛初代講主の著した「ご法文」の中から新年の一節を紹介したあと、「今年のテーマは『家庭』です。家庭の中の絆をしっかりと見直してください。それができれば立派な信者さんです。家庭の中で合掌をいたしましょう」と述べた。
このあと会場を大広間に移して新年会が開かれ、ビンゴ大会や、カラオケ大会などのプログラムで終日にぎわった。
現代における宗教の役割研究会(略称コルモス、中川秀恭会長)は、十二月二十六、二十七の両日、京都市中京区内のホテルで、第四十七回研究会議を開催した。コルモスは一九七一年に結成され、本年は三十周年の節目に当たり、これまでのコルモスの総括と今後の展望について意見を交換した。
雲井昭善副会長による開会あいさつにつづき、中川会長が「コルモス三十年の総括」、大谷光真・浄土真宗本願寺派門主が「二十一世紀に向かうコルモスの展望」と題して、それぞれ講演した。
中川会長は、一九七〇年に京都で開催された第一回世界宗教者平和会議(WCRP)の成果を踏まえてコルモスが創立された経緯について述べたあと、「私見を交え総括すると、あらゆる問題が宗教者の立場から取り上げられ、分類されているが、それらの問題は解決されてしまったのか。そうではなく、科学技術の急速な変化に応じ、それらの問題が姿形を変えている。宗教はそれに応えなければいけない」と述べた。
大谷門主は、教団人の立場から宗教教団や宗教者の課題について、1)宗教的立場から現代社会を批判、批評することが充分でない、2)宗教自身の自己反省が必要、3)宗教教団は実践活動をしていくべきなどと指摘した。
また、実践活動について、「宗教の相互理解、協力の活動はますます大事になっていくと思う。例えば、同和問題の解決に宗教者が協力して努力している。まだまだ充分とは言えないが、具体的課題に対して主義主張の違う教団が協力する活動が大切」と述べた。
また、「現在、ドイツの学者が中心になって、世界的規模で、宗教の違いを越え共通に持つことのできる倫理が提唱されていて、画期的なことである。こうした課題が掲げられたところにコルモスの果たす役割が一つ明らかになった」と語った。
このあと、大村英昭・関西学院大学教授の進行でシンポジウムを行い、石井研士・国学院大学教授、J・スインゲドー・南山大学名誉教授、星野英紀・大正大学教授、氣多雅子・京都大学教授、島薗進・東京大学大学院教授が、「世俗社会への挑戦」をテーマにそれぞれ発題した。
この中で氣多教授は、現代社会の諸課題に対して、「特定の宗教の立場でなく、宗教界が協力」して見解を出したり人間の自然的普遍的宗教性から諸問題に関して発言しようとする態度が出てくる。しかしそうなると世俗に適合していくことを免れない」と述べた。
二日目は、薗田稔・京都大学名誉教授の進行で、大嶋泰治・関西大学教授、頼富本宏・国際日本文化研究センター教授、松本信愛・英知大学教授、金子昭・天理大学助教授、斉藤泰・大本教学研鑚員が、それぞれの宗教的立場から「生命観と生命倫理」について発題し、パネルディスカッションを行った。
このあと、全体討議に入り、シンポジウム、パネルディスカッションでの論議を深める活発な質疑応答が行われた。
新宗連愛知県協議会の総会・学習会が十二月十二日、愛知県蒲郡市のホテルで開催され、長沼基之・立正佼成会特別顧問が講演し、新宗連結成当時の思い出を語った。
新宗連は、本年五十周年を迎えるが、同協議会では、結成草創期を振り返り、新宗連の意義を再確認しようとこの学習会を企画したもの。
長沼氏は、立正佼成会の庭野日敬開祖とともに、新宗連結成のときから各種会合に出席しており、新宗連五十年の歩みをつぶさに知る数少ない関係者の一人。
この日の講演で長沼氏は、結成時からの初代理事長の御木徳近パーフェクト リバティー教団二代教祖と庭野開祖のまじわりを語り、「互いに尊敬し、本当に信頼しあっていた」と述べた。
〔長沼氏講演要旨〕
戦時中全ての組織が国のために説くことで戦争に協力した。宗教団体も含め戦争に協力をしないような団体はことごとく弾圧を受ける対象になった。新宗教となると特ににらまれるということもあった。「信教の自由」ということは過去の憲法にも謳われていたが「安寧秩序を乱さず」というような条件がつけられ、相当な弾圧を受けた。
戦後になって、再び戦争を繰り返さないために、戦前の体制を廃して、信教の自由が定められた。この自由が宗教者の努力によってもたらされたものでなく、占領政策の中でできたものであることを痛切に感じていたのが御木先生であった。弾圧を受けた先生ほどその大切さを感じていたに違いない。
新しい宗教が結束して、その存在をしっかりしたものとしようと連合会を作ることになった。大石秀典先生が仲介役となって、御木先生と庭野開祖が会うことになった。
当初、渋谷にあったPL公館で何回も会合を開き、私も庭野開祖のお供で出席させていただいた。庭野開祖は、御木徳近先生を本当に信頼されていた。どんな宗教でも皆平等に見ていこうというすばらしい方であった。

アムネスティ・インターナショナル日本支部(国際事務局・ロンドン、和田光弘日本支部長)は、二〇〇〇年九月十八日に公益法人格(社団法人)を取得した。国連NGO資格の人権団体としては日本で初めての認可となる。
アムネスティとは日本語で「恩赦」という意味。国連の世界人権宣言が守られる社会の実現をめざし、世界中の人権侵害をなくすため、国境を越えて声を上げ続けている国際的な市民運動団体である。
森澤珠里さんは日本支部事務局長に就任して五年目に入る。アムネスティとの出会いは、イギリスで報道に携わる仕事をしながら、ボランティア活動に関わっていたことからだ。
ある時、森澤さんは、イギリスの地元紙でアムネスティの全面広告を見つけた。お金の使われ方、活動がどの程度効果的な成果をあげているかがきちんと書かれてあるのをみて、「信頼のおける団体に違いない」と確信を持った。一九九六年のおわりに日本へ戻ってくると、アムネスティ日本支部が事務局長を募集しているのを知り応募した。
アムネスティは、あらゆる人権侵害をなくす活動だけでなく、年一回全世界に共通するキャンペーンを実施。今回は三回目となる『拷問廃止キャンペーン』を昨年十月から今年の十二月末までの期間行われる。
拷問の定義は国際条約によると、公的権力によって肉体的精神的苦痛を与えたり、品位をおとしめるような行為があった場合のことで、被疑者を取り調べるにあたり、休みがない、眠らせない、食事を与えないことを長期にわたって行い、強制的に自白させるといったことなどとのこと。「拷問と言われピンとこないかとおもいますが、日本でも不法入国の疑いで収容所や施設等に入れた外国人に、精神的肉体的暴力をうけたりする所がまだある」という。
「いま、この瞬間にも拷問があるという状況を知ってもらいたい。普通に生活をしている日本人がそういう方々のためにできることがあるということを知っていただく機会を作っています」という。
森澤さんは日本におけるアムネスティについて「自分も含め日本は『平和ボケ』といいますか、『人権』という言葉自体を実際どういう意味をもつのか。それをどう自分のこととして受け止め守るのか実感される方は少ない」。それだけに「これからも具体例をできるだけ皆さんに提供して、そこから考えていただくことして行きたいと思います」と語った。
なお、この拷問キャンペーンの一環として「チャリティ・ウォーク」が今年四月十四日から六月二十六日まで開催される。
詳しくは、アムネスティ東京事務所「拷問廃止キャンペーン・チャリティウォーク」実行委員会まで電話〇三・三二〇三・一〇五〇 (響)
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