
宗教法人を含む非営利法人
公益法人制度の改革を進めている政府の行政改革推進事務局の作業が山場を迎えている。同推進事務局は、1898(明治29)年制定の民法34条を改正し、「一定の条件を満たせば、届け出によって設置を認める準則主義」と「設置後の活動内容等を確認する事後チェック型」に移行することをベースに検討を進めている。また、「各省庁が有する許認可権が官僚の天下りの温床」と批判されていることから、徹底した情報公開による国民監視、営利法人並みのコーポレートガバナンス(企業統治)の導入などを盛り込んだ「非営利法人基本法」(仮称)の制定に意欲を示している。
この基本法は、民法34条による公益法人だけではなく、特別法に基づく学校法人、社会福祉法人、宗教法人なども含めた非営利法人全体を対象としている。仮に、同基本法の策定が、今後、行政改革推進事務局側だけの検討作業で進められた場合、憲法第20条を背景とする宗教法人法との整合性は大きな焦点になってくるものと見られている。また、税制上で「公益法人等」の一つとして位
置づけられている宗教法人は、非課税制から免税制(原則課税)への移行など大きな影響が予想される。
政府のタテ割り行政の中で公益法人制度に加え、NPO法人制度、中間法人制度が次々と誕生してきた。制定以来百年の歴史を有する民法34条と公益法人制度は、大きな曲がり角に立っている
行政改革推進事務局は4月24日から6月17日まで、6回にわたり「公益法人有識者ヒアリング」を開催した。このなかで5月27日の第4回ヒアリングで、出席者の一人が提案を行った。
「『非営利法人基本法』を定め、現行の中間法人制度に準じた『一般非営利法人』と、特定非営利活動法人制度に準じた『特定非営利法人』の類型を設ける」「民法の諸規定に代わるものとして、社会福祉法人や学校法人などの特別
法による公益法人にも共通する法人運営の原則的規定を定める」
こうした意見表明を受け、行政改革推進本部側は「非営利法人基本法」の制定に意欲を示したとされている。
しかし、新しい公益法人制度をめぐる枠組みは、「規制」と「自由」のどちらに力点を置くかによって多くの枠組みが考えられるだけに、政府も最終改革案を絞りきれていないのが現状である。
今年8月、政府は「公益法人制度の抜本的改革に向けて(論点整理)」を公表し、広く一般
から意見を求めた。 この「論点整理」に対して、1240余の公益法人が参加する財団法人・公益法人協会(太田達男理事長)は9月6日、「意見書」を発表した。
こうした議論のなかで、宗教法人もこの改革の対象となるならば、これまでの認証制から、「準則主義」に従い、必要書類を整え登記をすれば法人となるが、税制面
から見るとその時点では原則的に課税対象となり、条件次第で「免税」となることになる。
その場合「免税」となるには、課税庁が宗教であるかないかを判断することになるのではないかとの危惧が持たれている。
新宗連宗教法人研究会(宗法研・出居茂座長)は10月3日午後3時から、東京・代々木の新宗連会館で第55回拡大宗法研を開催した。
今回のテーマは「公益法人制度改革の現状と課題」。石村耕治白鴎大学教授が講演した。
石村氏は、今年3月に公益法人をめぐる諸問題に対処するための取組みが閣議決定したことを受け、制度改革に向けた官民での取組みの状況を説明した。
現在検討を行っている内閣官房行革推進室と、民間サイドの公益法人協会・制度改革研究部会の制度改革パターンを対比して説明。その特色や留意点などを解説した。
さらに、宗教法人もこの制度改革のなかに含まれるとするならば、
「公益法人制度改革論議のなかで、宗教界が主務官庁制度をどのように考えるのか、また宗教法人としての独立性をいかに確保していくかが、今後の焦点になってくる」と述べ、宗教界からも発言する必要があるのではないかと指摘した。
第14回セミナー宮台都立大助教授が講演
新宗連の第14回教団人セミナーが9月26、27日の2日間にわたり、東京・代々木の新宗連会館で開催された。今回のセミナーでは、「21世紀の宗教とは」をテーマに、宮台真司東京都立大学助教授の基調講演、パネルディスカッション、グループ討論を通
して、現代の若者像を理解しつつ、宗教者の役割とは何かを模索した。 初日午後2時から開会したセミナーには、加盟教団の教主や理事長、布教担当者、実行委員ら26人が参加。深田充啓理事長は開式のあいさつで、「宗教者は未来を予想する天才であるべきだが、私たちは今、気が付かないところに目を向けていくべき」と宗教者の使命を説くとともに、テーマについて「21世紀の子供たちは私たちと次元の違う世界観を持っている。セミナーを通
し、それを知り、対応する学びがなされることを期待する」と主旨を説明した。
この後、宮台氏が「21世紀の宗教とは」のテーマで基調講演。現代の若者論、社会論を研究している同氏は、まず現代の日本人が郊外で家族が生活することが豊かさの象徴である一方、そこで良き親・子であろうとすることから人格傷害を起こしている現象や、地球サミットにおける先進国の地球温暖化への取り組みは先進国の利益追求、発展途上国の自然破壊を引き起こしている「偽善である」と、現代が抱える問題の一端を説明。
このような社会を若者たちは感覚的に見抜いており、「今の社会を脱した世界観を得たいと宗教性への関心は高まっているものの、既成教団からは離れている」と述べた。一例として携帯電話やインターネットを使った「出会い系サイト」を挙げ、「出会い系サイトは『不全観』がそのシステムを生かしている」と述べた。つまり、社会は生きるに足りず、自分は社会的に認められていない、不幸せであるとの「不全さ」の感覚が、相手にコミット(傾倒・専心)することを認める出会い系サイトや自己開発セミナーへの参加で、「心を変える一つのきっかけとしている」と分析した。
また、合法ドラックを使用する若者やサーファーなどの調査から、彼らが「武道にも似た新しい精神的ステージを求めている。そこに新しい感受性をみてとることができる」「人間関係のスキル(手腕・技術)は低いが、どのくらいの精神的ステージにあるかを重要とみている」と現代の若者の精神的特徴を説いた。そして「こうした若者にコミットできるスキルを宗教教団は持っているだろうか」と問いかけた。
パネルディスカッションではパネリストに宮台氏、力久隆積善隣教教主、田中庸仁真生会理事長、赤銅重夫円応教責任役員、コーディネーターを本山一博玉
光神社権宮司が務め、討論。講演に対して、現代人の世界観や若者の感性などについてさらに解説を求める質疑が重ねられた。
パネルディスカッション後、翌日午前にかけて3グループに分かれてグループ討議。午前10時20分からの全体討議では「(宗教の)真理を現代語訳あるいはわかりやすく転嫁させることが、われわれには欠けているのではないか」「若者が苦悩、生活で共感を求めていることを、われわれが肌で感じなければ。それが宗教者の原点ではなかったか」「教団人一人ひとりに本物の宗教とは何かが問われている」と宗教者側の反省、自覚を促す意見が提出された。
また、全体討議に加わった宮台氏は「“幸せになりたい宗教”から“この世とは一体何か”との認識を与える宗教が求められている」「宗教者は社会の問題を深く理解し、それに対して何をすべきかを指摘できる力を持つことが必要」と宗教及び宗教者の果
たすべき役割を説いた。
有事には信教の自由の制限も
新宗連政治委員会(新井三知夫委員長)は10月9日午後1時から、東京・代々木の新宗連会館で学習会を開催した。
先の国会の終盤「有事法制」に関する質疑で、福田内閣官房長官が「信教の自由が制約を受けることはあり得る」と発言した状況を踏まえ、新宗連として初めて有事法制を取り上げた。岩島久夫聖学院大学大学院客員教授が、「『有事法制』の問題点」のテーマで講演した。
岩島氏は終戦間際の海軍特攻兵器、特殊潜航艇の死に直面した訓練や広島の原爆を体験。戦後、曲折を経て研究者の道を歩んだ。専門は米国の国防・軍事政策。防衛庁防衛研究所に20年間勤務、戦史部長を務めた。
1965(昭和40)年の「三矢研究」以来の「悲願」である「有事法制」研究は、77年に福田首相了承のもとに防衛庁で開始され、「現在の『有事法』の基礎は、太平洋戦争に至る長い戦いの過程で蓄積された多くの資料を参考にした」と説明した。
今国会で提示された有事法制について、「国会審議に十分な時間をとろうとせず、また国民的論議もないまま、日本が直接ターゲットになるような有事のシナリオはないという政府答弁のなかでなぜ、今、法制化なのか疑問を抱く」と述べた。
本来の有事法制は、国民の財産、生命が脅かされ、国土が阿鼻叫喚の巷(ちまた)と化する状況に適用されるべきもので、包括的に防衛庁所管法令(第1分類)、他省庁所管法令(第2分類)、その他(第3分類)すべてが発動されなければ任務は達成できない。自衛隊だけで処理できるはずのものではないという。
現在提起されている有事法制は、米軍行動支援のため「憲法の隙間に入る」べく、わけのわからない「武力攻撃事態法」を作文し、「安全保障会議と自衛隊設置法だけをいじるいい加減なもの」と述べ、質疑応答の中で「有事法制の後に来るのは『徴兵』制である」と指摘した。
そして「有事法制よりも『憲法9条の国際化』に率先努力すべきである」とアピールした。
宗教者ら臨時国会の初日に
先の通
常国会で有事関連3法案は継続審議となったものの、10月18日召集の臨時国会で政府・与党に審議再会と成立を目指す動きが出てきたことから、同日正午過ぎから衆議院第2会館で、野党国会議員と宗教者、市民団体、労働団体による有事法案廃案を求める緊急集会が開かれた。
すでに臨時国会が開会し、小泉首相の所信表明が始まろうとする緊迫した時間帯に開かれた集会では、最初に野党各党代表として社民党の福島瑞穂氏、共産党の木島日出夫氏、民主党の大出彰氏、無所属の川田悦子氏の各国会議員が、野党と無所属が結束して有事法案に反対し廃案を目指すこと、また国民の支援を求めるあいさつを述べた。また、集会には党代表含め18人の野党議員、2人の都議会・区議会議員らが駆けつけて、各氏は一言ずつアピールを行った。
つづいて婦人や弁護士、労組、平和NGO、市民団体など12団体の代表があいさつ、宗教者では、平和を作り出す宗教者ネットの石川勇吉氏(真宗大谷派僧侶)と日本カトリック正義と平和協議会の木邨健三氏がそれぞれ「いのちの尊厳と平和憲法を守っていくため、有事法制を廃案にするよう頑張っていきたい」とアピール。閉会にあたり、平和を作り出す宗教者ネットの木津博充氏(日本山妙法寺僧侶)が「国会議員、団体と共同で力を合わせ有事法案成立を食い止めるよう、力を尽くしていこう」と呼びかけた。
なお、集会では共同声明として、アメリカのイラク攻撃と小泉内閣に米軍イラク攻撃への協力を止めることを求める共同アピールに、10月12日から6日間で607の団体・個人から声明が寄せられたことも発表された。
臨時国会会期中の12月1日午後3時から、東京・代々木公園で、有事法案に反対する労働団体、宗教者、市民団体らによる「ストップ有事法制!統一大集会」が開かれる。同集会は今年3月、6月に続くもので、6月の集会では6万人が参加した。
「有事法制に優先的に取り組み、成立期す」
10月18日の集会開催中の午後2時から小泉首相は所信表明を行った。
その中で首相は有事法案について「有事法制や個人情報保護法制など継続審議となっている法案に優先的に取り組み、(臨時国会での)成立を期す」「有事への『備え』に関する法制については、先の通
常国会での議論を踏まえ、基本的な枠組みに加え、国民保護のための法制など個別の法制について検討してきた。法案審議を通
じて、国民の理解と協力を得られるよう取り組む」と法案成立への意気込みを表明した。
このぐちを 誰に聞かそう後の月
小鳥来る 三坪の庭の実りかな
かしはら ふさこ
秋の夜長・ふと水に流した想いが心をかすめますな難儀なこっちゃ、お月さんになと聞いてもらわんとあかんわ・・・「片付けても片付かぬ
まま秋深む」ですねんわ。小さな柿の実を鵯や目白たちが啄みに来ます高い枝は鳥のもん・手の届く処はこちのもん愉しや。
50周年事業など承認する
新日本宗教団体連合会(新宗連・深田充啓理事長)は10月17日午後、愛媛県松山市の旅館「道後舘」で平成14年度の総会を開催し、約百名の理事・評議員、総支部会長、オブザーバーらが出席した。新理事・評議員の人事案件や新宗連結成50周年事業を中心とした審議、報告を原案通
り承認し、無事終了した。また、同日午前には「宗教とマスコミ」をテーマとした学習会も開かれた。
総会では、午後1時から第22期第5回理事会を開催。冒頭、世界平和と8月8日に逝去した飯島正三副理事長(思親会会長)の冥福を祈り、黙祷を捧げた。新宗連結成50周年制作歌「いのち輝く」を全員で合唱。
議長の深田理事長が開会のあいさつで、「今世紀、宗教者としていろいろな角度から問われている問題が多々あると思われる。新宗連は結成50年の歴史に誇りを持って、各総支部・県協議会の記念集会で宗教のあるべき姿をアピールしたい」と述べた。
このあと、10月12日に思親会第四代会長に就任した脇昌伸会長から、9月3日の故飯島会長教団葬に際して会葬御礼が述べられた。
理事会は前回の理事会議事録の報告、承認ののち、審議事項に移り、新評議員として推薦のあった大法輪台意光妙教会の江口陽一理事、立正佼成会の山野井克典理事長、思親会の脇昌伸会長と飯島法道代表役員の4氏を選出した。
同じく審議事項では、新宗連将来計画の一つ「日本宗教ネットワーク」の推進や公益法人制度改革及び有事法制問題への対応、結成50周年記念の海外研修実施について各委員会委員長、事務局から説明がなされ審議した。
結成50周年記念の海外研修は来年2月24〜28日まで、東南アジア青年使節団の象徴的場所、タイ・ナムトクを訪問し、全ての戦争犠牲者に祈りを捧げ、あらためて絶対非戦と世界平和に向けた行動することを誓うものとなる。
報告事項では、結成50周年事業関連で総支部・協議会の記念集会の開催状況と今後の予定、『新宗連宗教協力50年のあゆみ』のCD−ROM化、「宗教もしもし相談室」の第2次ボランティア募集について、報告があった。
また、政治委員会と信教の自由委員会、宗法研、同推協、教団人セミナー、環境プロジェクト、日宗連、国立追悼墓苑施設問題、新宗連青年会の第18次アジア(韓国)平和使節団派遣などについて各委員長及び担当評議員、事務局から報告された。
なお、次回理事会は来年1月30日、東京・四谷の解脱会本部で開催することを申し合わせた。
そして理事会終了後、午後2時20分から開催された第22期第3回評議員会は冒頭、議長に四国総支部の竹野浩市会長を選出し開会。
審議事項では、理事の選出で小林正芳理事と酒井教雄理事、故飯島正三理事の辞任と、その後任として大法輪台意光妙教会の江口陽一理事と立正佼成会の山野井克典理事長、思親会の脇昌伸会長を選出した。退任した小林氏と酒井氏、新任の江口氏と山野井氏、脇氏がそれぞれあいさつを述べた。
同じく審議事項の平成15年度全国総会については来年10月、北関東総支部の受け入れで開催することが承認され、北関東総支部の新井三知夫会長が準備を進めるあいさつを述べた。
報告事項では、前日に開かれた全国総支部会議などについて報告がなされた。
田中豊蔵氏が講演
午後の総会に先立ち、12日午前9時からは「宗教とマスメディアの関係を考える−信教の自由をキーワードとして」をテーマに学習会を開き、元朝日新聞社論説主幹の田中豊蔵氏が講演した。
田中氏はマスコミの宗教の捉え方や宗教教団のマスコミ観、ニューメディアの活用などについて解説と提言を行ったが、ごく一部の教団が全ての教団の姿であるように伝えるマスコミの姿勢をただしつつも、宗教側の対応として「教団はきちんとしたマスコミ対策をするべき。できるだけの情報を広げ、マスコミに対峙してもらいたい」と。
また、政治との関わりでは、教団が社会に対して影響力を高める必要性を説き、そこでは「政治と宗教団体の活動は関係ないと考えることに疑問を感じる」と述べ、「宗教側の集約した意見を、是々非々で大胆に社会に表し、説明責任を果
たすべき」と提言した。ニューメディアについても「メディアを通した新しい宗教の在り方が考えられていい時期」と新しい活動手段として、インターネットなどのメディア活用を求めた。
これを受けて、企画委員会の田澤豊弘委員長と政治委員会の新井三知夫委員長、信教の自由委員会の力久隆積委員長、そして講師の田中氏がパネリストとなり、宗教及び宗教者の公共性や政治との関わり、宗教ネットワークの在り方、信教の自由との関わりなどで意見が交わされた。
メーリングリスト整う情報の共有化へ向けて
全国総会の前日10月16日午後1時半から、第22期3回全国総支部会議が総会会場と同じ松山市の旅館「道後舘」で開かれた。冒頭、黙祷を捧げ、先達及び8月8日に逝去した飯島正三副理事長(思親会会長)の冥福と世界平和を祈念した。
深田充啓理事長のあいさつに続き、議長団として北海道総支部の久保欣士会長、首都圏総支部の稲子知義会長、四国総支部の澤拓雄事務局長を選出。報告事項として、事務局より新宗連結成50周年記念集会の実施状況と今後の開催予定が報告された。
協議事項では、総支部と事務局の情報の共有化について、全11総支部のメーリングリストが整ったことが報告された。宗教協力活動の充実では将来計画の一つ「日本宗教ネットワーク」の準備状況と都道府県宗教連名の現況、地域の宗教懇話会について事務局から報告と協議が行われた。
連絡事項としては、講演会や学習会における講師料の源泉徴収と所得税の取り扱いについて、事務局から説明がなされた。これは総支部・協議会から寄せられていた質問に応えたもの。
なお、次回の総支部会議を来年3月12・13日、福井県芦原温泉で開催することを申し合わせた。
徳島県協議会 互いの尊厳理解 共に手を携えて
徳島県協議会(宮崎友靖議長)は9月23日午前10時から、徳島市内の立正佼成会徳島教会で、新宗連結成50周年記念集会を開催した。
宮崎議長の開会あいさつにつづいて、竹野浩市四国総支部会長が祝辞に立ち、「ナンバーワンからオンリーワンという考え方に立つと、お互いの教団の尊厳が理解でき、これが宗教協力であると思う。これからは共に手を携え、共生していかないと、地球も人間も存在できなくなるのではないか。その意味では新宗連の果
たす役割は大きいものがある」と述べた。
ビデオ「宗教協力50年の歩み」を上映したあと、生田茂夫新宗連事務局次長が「結成50周年を迎えた新宗連」と題して記念講演を行った。
「新宗連は、正式名称に『新日本』とあるように、新しい日本を作るという強い決意が込められて結成された」と前置きした上で、これまでの平和活動、環境保全活動などを振り返りながら、「50周年で発表した将来計画の実現のためには、皆さん一人ひとりの力が何よりも重要である」と結んだ。
小坂和導四国総支部副会長が閉会のあいさつ、最後に「いのち輝く」を大合唱した。
静岡県協議会 次世代担う青年が企画
静岡県協議会(田代康彦議長)は10月20日午前10時から、清水市立の文化施設「清水テルサ」で新宗連結成50周年記念集会を開催した。同集会は新宗連の次代を担う青年が中心となって企画と運営が推進され、当日を迎えた。
オープニングは華やかなバトン演技。全参加者一同で世界平和を祈願し、黙祷。田代議長のあいさつのあと、来賓を代表して田中偉仁中部総支部会長(真生会会長)が祝辞。田中会長は青年が中心となって運営している集会にふれ「若者に勢いがあると国や家庭が伸びる」と述べ、現在の世相から「信仰心を持って一歩レベルを上げ、自分の幸福と同時に世界の幸福を願うことが大事である」と結んだ。
ビデオ「宗教協力50年の歩み」が上映されたあと、新宗連での出会いの体験を小沢佐季子氏(立正佼成会掛川教会)と先生幸泰氏(PL清水教会)が発表「信仰人として加盟教団の仲間と交流、協力して相互理解を深めたい」と語った。
昼食後、教団ごとに太鼓、コーラス、鼓笛演奏が披露された。
またinfix(インフィックス)のボーカル、長友仍世(ながとも じょうせい)さんが歌とトークを交え「人の心に夢と勇気を与えましょう」と青年を励ました。
ついで「いのち輝く」をPL静岡コーラス部のリードで参加者全員が大合唱。最後に木口典久実行委員長(立正佼成会三島教会)が謝辞、盛会のうちに幕が閉じた。
またこの日、参加者が世界平和への祈りを込めて折鶴を作製。出来上がった鶴は、来年8月14日の第38回戦没犠牲者慰霊並びに平和祈願式典に奉納する。
千鳥ヶ淵墓苑奉仕会が主催
千鳥ヶ淵戦没者墓苑奉仕会(瀬島龍三会長)主催の秋季慰霊祭が、10月18日午後1時から東京・九段の同墓苑で執り行われた。
定刻、陸上自衛隊音楽隊の奉楽のなか、高円宮同妃両殿下が入場。献茶の儀についで、瀬島会長が式辞を述べた。
逢坂龍信氏の竜笛にあわせ石橋一歌氏が昭和天皇の御製を吟詠した。
音羽ゆりかご会の少年少女が「ふるさと」など3曲斉唱したあと、古川貞二郎官房副長官が小泉純一郎内閣総理大臣の追悼の辞を代読。
高円宮同妃両殿下が六角堂中央に進み拝礼。参列者もあわせて黙祷を捧げた。このあと陸・海・空自衛隊代表部隊の参拝と演奏のあと、来賓が献花した。
今月末着工へ
厚生労働省と環境省はこのほど、国立・千鳥ヶ淵戦没者墓苑改修工事の概要を公表した。
同戦没者墓苑は、1959(昭和34)年3月に竣工。現在、約34万8千体の遺族に引き渡すことのできない戦没者遺骨が納骨されている。
旧ソ連崩壊後、旧ソ連地域での遺骨収集が容易になったことにより、帰還される遺骨が増加。厚生省(当時)は、六角堂地下の納骨室が手狭になったことから、1990(平成2)年と1999(平成11)年の2度にわたり六角堂後方に納骨室の増設工事を行った。
しかし、増設部分は夏になると雑草に覆われる状態で、遺族団体などから改善要望が出されていた。
今回の改修では、(1)六角堂と増設納骨室との一体感の醸成、(2)増設納骨室の存在の明確化、(3)納骨室以外の墓苑内の施設等整備を基本方針としている。
改修案によると、「六角堂と増設納骨室との一体感の醸成」のため、1.六角堂正面
奥の格子を除去し、正面で拝礼する際に増設納骨室を見通すことができるようにする、2.正面
及び正面奥を除いた四方への格子の取り付け、3.増設納骨室前への立入の禁止−などとなっている。
また、「増設納骨室の存在の明確化」をはかるため、1.増設納骨室背後に擁壁を設置、2.増設納骨室表面
中央に黒御影石を設置、3.増設納骨室周囲に低柵を設置する。
改修工事は、10月末に着工し、来年5月に完成の予定。「納骨室以外の墓苑内の施設等整備」については、現在検討が重ねられている。
「アジアの平和」で平和大学講座
世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会(白柳誠一理事長)は9月25日午後1時半から、兵庫県西宮市の関西学院会館レセプションホールでWCRP平和大学講座を開催した。
今年のテーマは「21世紀のアジアに平和をいかにして築くか−第6回ACRPインドネシア大会の成果
を踏まえて」。
はじめに白柳理事長があいさつ、杉谷義純事務総長がインドネシア大会の全体を振り返り基調報告を行った。
また、各研究部会の報告が行われ、八坂親憲中山身語正宗本部長が「軍縮と安全保障」、上杉千郷皇學館大学理事長が「経済開発と環境」を、林馨弓矢八幡教主が「人間の尊厳と人権」、森脇友紀子カトリック東京大司教区アレルヤ会会長が「女性・子ども・男女協力」、泉田佳子立正佼成会布教相談役が「平和のための教育と奉仕」と、研究部会の報告を行った。
小憩をはさみ杉谷事務総長がコーディネーターとなり、パネルディスカッションが行われた。パネリストはWCRP平和研究所副所長の眞田芳憲中央大学教授、同客員所員の佐藤純一東京大学人工物工学研究センター客員研究員、同所員の薗田稔秩父神社宮司の3氏。
眞田氏はインドネシア大会でのジョグジャカルタ宣言について、ACRPの最緊急課題として「アメリカの宗教指導者やヨーロッパ宗教者平和会議の代表との協議・対話の場を設け、米国同時多発テロ、核拡散、政府による暴力・武力の使用等の問題に関して意見交換すること」と述べた。
また「この11月に米国上下院議会でイラクとの戦争が可決される可能性が高い」と述べ、「戦争になれば必ずイラクの無辜の民が殺される。宗教者は沈黙を守っていてよいのか。(宣言どおりの)誓いがあるならば、動かなければ」と語った。
薗田氏は大会基調講演にある「FICTIM」(フィクションとヴィクティム=虚構と犠牲者の造語)を取り上げ、「自分たちは攻撃者ではなく、犠牲者」との米国民の感情は和解ではなく復讐を呼んだと述べた。
さらに「環境問題の部会に参加したが、環境以前に、南北問題や富の独占がある。貧困には現地での人材採用と教育が第一」と述べた。
佐藤氏は、技術にも環境や宗教を考慮しない進歩(効率)主義と技術と人間の関係を捉えるメタテクノロジーを重視する2つの立場があると述べた。そして「大会開催中の毎朝、お祈りしている人が10〜15人いるのを見て、私も祈っている気になった。それは人間として共鳴するものがあるからか」と自らの体験を紹介し、「人間には宗教心のメモリーが組み込まれているが、教育が霊性を開かせていないだけでは」と語った。
杉谷氏は「9・11をどう捉えるか」と問いかけた。これに対し、眞田氏は「仏教徒として、現象が起こったとき『誰が』ではなく『なぜ起こったか』と考える。米国のやり方は犯人探しで正義はこちらにあるとの考え。『どうして起こったか』という発想を伝え、『悪を正す前に善き事を行う』という教えを伝える義務がある」と応じた。また日本は中東と憎しみあう関係になく、中東と欧米の話し合いの仲介が出来うると述べた。
同じ問いかけに薗田氏は「宗教者は自己相対化が必要。どの宗教も人間の超越を目指すが、絶対者を目指す代わりに自らを絶対化しがちになる。教会、教団、地上の宗教は自らの身を振り返るべき時に来ている」と警鐘を発した。
大きいことがよい、進歩したほうがよいという考え方に対しての問いかけに、佐藤氏は「人工知能では機械が学習しプログラムのもと自己増殖するが、機械は反省しない。例えば赤外線技術が軍事目的に使われたときに作動しなくなるといったようなメタテクノロジーをちゃんとしなければならない」と語った。
フロアからの「今後アメリカの宗教指導者にアピールする可能性はあるか」との質問に、杉谷氏は「国際委員会として宗教者、軍縮の専門家の意見を集約し、米国、国連にアピールする準備をしている」と述べた。
眞田氏が総括「もしイラクが戦争に敗れれば、そもそも国家意識が薄い中東は、国家より強力なイスラーム共同体に頼ることになる。米国の利益に従う国家は百年経っても出来ない。戦争の危機は何としても避けたい」と述べた。
最後に「人類の歴史は共生の範囲の拡大」と述べ、和解の条件は、1.全ての人が共に生かされている存在として生きること、2.自分と違ったものと共に生きること、3.弱者を犠牲にせず共に生きること、4.どんなことがあっても希望を持って共に生きること−の4点を提示し、宗教者の実践が大切と結んだ。
〈企画委員会〉
企画委員会(田澤豊弘委員長)は10月16日午後1時半から、愛媛県松山市の旅館「道後舘」で委員会を開催した。
委員会では報告事項として、翌日開かれる全国総会学習会について最終的な確認をし、また審議事項では来年2月24〜28日に実施する、新宗連結成50周年記念「ナムトクの丘・世界平和祈念の集い」と、教団人セミナーの今後3年間の基本方針を承認。次回の教団人セミナーのテーマや講師などについては、今後も検討することとした。また、今後の主な会議日程についても確認した。
次回委員会は、12月11日に東京で開くことを申し合わせた。
同委員会は、9月27日午後1時から東京・代々木の新宗連会館で開催、10月の全国総会における学習会などについて協議している
〈財務委員会〉
財務委員会(酒井教雄委員長)は9月20日午後3時から、東京・代々木の新宗連会館委員会室で、第22期第3回委員会を開催した。
「新宗連結成50周年特別会計」の執行状況を確認したほか、資産運用状況などについて意見交換した。
〈青年会〉
新宗連青年会の高知県委員会(吉本浩士委員長)は10月19、20日の両日、高知市内の立正佼成会高知教会で「黒潮フォーラム」を開催した。
このフォーラムはこれまで新宗連活動の経験をしていない高知県内の青年男女が集まり「出会い・啓発・学習」を通
して新宗連活動の理解を深めていくことを目的に開催されたもの。
19日午後7時半に開講式。はじめに澤拓雄新宗連高知県協議会事務局長があいさつ。その後、研修室で新宗連高知県協議会の委員数名と青年たちとの懇親会が行われた。
翌20日は、午前8時半から「宗教協力50年の歩み〜いのち輝く21世紀」のビデオ上映を行ったあと「なぜ新宗連活動が必要なのか」と題し、舘野京子新宗連青年会事務局長が講演した。
このあと少グループで討論を行った。最後に各グループの討論発表が行われ、今後高知県の青年による活動が具体的に提案された。
〈WCRP日本委〉
WCRP日本委員会は9月25日午前11時から、兵庫県西宮市の関西学院会館会議室で第75回理事会・第73回評議員会を開催した。
関西学院の山内一郎院長が歓迎のあいさつ、白柳理事長の開会のあいさつのあと、審議に入り、三宅光雄開発・環境委員長から「地球感謝の日」制定運動への協力要請がなされ、加盟各教団、役員に任意での参加を呼びかけることを決定した。
各委員会・部会から活動報告が行われたあと、事務局から、来年30周年を迎える青年部会への協力要請が行われた。10月10日には、プノンペンでWCRPカンボジア委員会がシアヌーク国王臨席のもと正式に発足することが報告された。
またWCRP日本委員会、全日本仏教会、立正佼成会が協力して調停を進めているスリランカ和解事業では、6月の4大法主による和解宣言につづき、9月16日から18日までタイ・バンコクでスリランカ政府と反政府組織タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)との調停会議を行い、今後両者への人道支援を推進していくことが報告された。
決意新たに開祖の大法要 代表役員は飯島法道氏
神奈川県伊勢原市の思親会は10月12日午前11時から、本部・思親大宮殿大孝堂で、思親清行大士(井戸清行開祖)の第53聖忌報恩大法要と、8月に逝去した飯島正三会長の後任、第四代会長の推戴式が執り行われ、新会長として脇昌伸責任役員(69)が推戴され、同日就任した。
定刻、脇責任役員を導師に思親清行大士の聖忌報恩法要と月例法会。婦人部による献花、代表献花、参列者全員による読経供養と続いた。休憩をはさみ、脇責任役員から横浜第一支部と同第二支部の2家に大曼荼羅の本尊の授与式、井戸家代表の井戸淑子さんへ、御供物料献納の儀が行われた。
午後1時20分から、第四代会長の推戴式が執行された。雅楽が流れる中、飯島千恵子師長が登壇、推戴の辞で本部御守護尊神の神示に基づいて、「思親会第四代会長として、ここに脇昌伸氏を慎んで推挙致します」と述べた。これを受け、脇責任役員が飯島師長に向かい、「ただ今、ご推挙頂きました脇昌伸、慎んでお受けさせていただきます」と受諾の辞で答えると、堂内の参列者から大きな拍手が沸き起った。このあと、脇新会長は法脈譜に署名し、開祖愛用の数珠と会長専用の数珠・輪袈裟を授与され、本尊に向かい「誓いの言葉」を述べた。
脇会長は就任のあいさつと併せた親教で、井戸初代会長から遠藤多一第二代会長、飯島正三第三代会長と歴代会長の遺徳、業績を讃え、「本日、法灯継承を致しましたが、これは私一人ではなく、会員皆さま一同と一緒に法灯法脈を継がさせていただかねばならないと存じ上げます」「今後、微力ながら、皆さまのお力を頂戴し、6万世帯導きのために精進させていただきます」と決意を表明した。
また、推戴式では脇会長の就任に伴い、代表役員に飯島法道理事(布教室長)、責任役員に藤田久雄理事(教学室長)が就任、脇会長から辞令が交付された。
立教56周年のPL祭式典
大阪府富田林市のパーフェクト リバティー教団(御木貴日止教主)は9月29日、立教56周年を記念して、世界各国の教会、支所、出張所でPL祭式典を執り行った。
大本庁・聖地の式典は、午前8時から第二錬成道場で行われ、聖地在住、在勤の教職者、PL学園生らが参列した。
50人の祭司が入場、聖号奉唱、PL遂断詞を唱えたのち、岩崎紘行祭司長が祭文を奏上した。式典曲が『神のみあらか』に変わり、御木教主が入場して神前で聖花を献上、遂断ったのち、参列者の方へ向きを変えて進み、両手を大きく広げ「祝福の神事」を行った。
参列者を代表して祐祖、大本庁の各部長が聖花を献上して遂断り、聖号奉唱をもって式典を終了した。
式典後、川島通資文教部次長が教話に立ち、「人生は芸術である」について「PL宣言」を取り上げながら話し、一人ひとりが神から与えられた個性を表現するところに人生の意義があり、そのためには、「個性表現するような生活を心掛けてください。自分のすることに、とにかく一生懸命取り組んでいったら、きっとそこに喜びを発見できます。充実感のある生活をするのが、人生の幸福なのです」と述べた。
午前10時からは、正殿前広場に会場を移し、御木教主臨席のもと、聖地運動会を賑やかに開催した。各教会、支所、出張所でもこの日を前後して、フリーマーケット、運動会、行楽会などの奉祝行事が行われた。
深田惠子恵主に長男誕生
兵庫県山南町の円応教(深田充啓教主)は10月6日午後0時半から、本殿礼拝所で秋季大祭を執り行った。
祭主の深田教主が入場して開式。君が代、円応教歌斉唱ののち、信者訓戒、感謝文、自覚反省懺悔文など「おつとめ」を行った。参列者全員で物故教会長に黙祷を捧げ、富士教会の斉藤艶子さんが信仰体験を発表した。
小坂和導理事長があいさつ「3日、深田惠子恵主が長男を無事出産、母子ともに健康です」と報告した。この10月3日は1887(明治20)年の深田千代子教祖の生誕と同じ日にあたり、母となった深田恵主も深田千代子教祖の昇天と日を同じくして生まれたことを紹介。「春季大祭あいさつのなかで、私が予想した日が的中しました!」と満面
の笑みで語ると会場はドッと沸き祝福ムードに包まれた。
このあと教会長任命式が行われ、深田教主が任命証を授与し、新教会長が誓詞を奉読、深田教主に手渡し、深田教主からは各教会代表に教会旗が授与された。
銀功労章の授与式のあと、深田教主が親教、初孫誕生への祝福の言葉に謝辞を述べたあと、教典114項に基づき「自分の損得を考えず、真実の言葉を語り、実行する『誠の心』が大切なのです」と説いた。
全員で「佳き日の歌」を合唱し式典を終了した。
庭野日敬開祖の入寂会
立正佼成会(庭野日鑛会長)は10月4日午前、東京都杉並区の本部・大聖堂で庭野日敬開祖の入寂会を執行、開祖に対する追慕、讃歎、報恩謝徳の誠を捧げた。
庭野開祖が逝去して3年目を迎えての式典は午前10時過ぎに開幕。各教区代表の青年女子部員20人が各教区からの供物を、聖壇中央に掲げられた開祖の写
真・位牌に奉献した。開祖が亡くなった時刻の午前10時31分からは「開祖さまとの対話」として、開祖の生前の映像、法話が流されたあと、照明が落とされた静寂の中、会員一人ひとりが開祖へ思いを馳せた。
庭野会長を導師に一同で読経供養。庭野会長が報恩讃歎文奏上、開祖が1938(昭和13)年3月5日に長沼妙佼脇祖と教団を創立して以来、「衆生救済の使命を果
たさんと身命を惜しまず、法華経の研鑚色読に徹し、在家仏教の範を示し、世界的な宗教協力の実践、人類の安穏、世界平和へ向けた大道を拓いた生涯」と振り返り「会員一同、開祖より常に賜りし異体同心のご教導を肝に命じてさらなる布教、伝道、菩薩行に邁進せん事を決定し奉る」と結んだ。
全員で開祖の讃歎歌を合唱したのち、内田昌孝元理事長が開祖を偲ぶ言葉で、遺徳を偲んだ。
このあと庭野会長が法話。仏教の「一切皆苦」「諸行無常」、自身が命題とした「簡素」「心田を耕す」、開祖の「一乗大師」の意味などを説明し、「宗教や国の枠を超え、すべてのいのちは一つ、『いのちの子』である。開祖は法華経を通
し、それを私たちに教えてくださったのではないか」「もし人を危める、殺すことがあるならば、それはまた同じいのちの子である自分自身を危める、殺すことになる。そのことに気づきなさい、ということを教えられたのではないか」と説いた。
立正佼成会は日蓮聖人の遺徳を偲び、庭野日敬開祖を追慕讃歎する「お会式・一乗祭」を10月5、6日の2日にわたり、東京・杉並区の本部施設で執行した。
今年からお会式と一乗祭を一連の行事として、10月第1週目の土日に挙行することとした。
5日夕方に開会、写真コンテストや露店を開始、翌6日は万灯行進をメインに各地物産展やNGOバザー、子供向けのイベントなど企画が展開され、地元市民も多く参加し賑わいをみせた。
6日午後4時半からは法輪閣前駐車場に全隊がそろい、一斉に囃子とともに万灯、まといを振るう「追い込み」を行い、フィナーレを迎えた。
妙智會で開教52周年式典
東京・代々木の妙智會教団(宮本丈靖会長)は10月14日午前10時から、本殿大講堂で、開教52周年記念式典を挙行した。
玄題三唱、教団歌奉唱のあと、「御旗」につづいて教団旗・各部旗が入殿。青年女子が秋の色に染まる花や木々で荘厳された須弥壇に献灯・献華を行った。導師の宮本けいし理事長が入殿、祈願ののち奉告文を奏上した。
三輪和子理事、齋藤和理事の体験発表ののち、宮本理事長があいさつ「開教記念日は開教当時の精神に立ちかえる日であり、その精神を後世にも伝えなくてはならない」と、開教記念日の意義を説いた。
宮本会長が登壇、援助資金を日本ユニセフ協会東郷良尚専務理事に贈呈した。同教団は昨年からユニセフを通
じてアフガニスタン・東ティモール・モーリタニア・中国の困難な状況下にある子供たちを支援している。
東郷専務理事は支援の謝辞を述べるとともに、5月10日の国連子ども特別総会で宗教NGOを代表して、子どものためのよりよい環境を創る具体的行動を提言した宮本会長に感謝の言葉を述べた。
最後に宮本会長が指導「妙智會教団を開教した当時は、経巻もまだないといった決して恵まれている環境ではありませんでしたが、会員一人ひとりが一心不乱、不惜身命で精進、邁進した。今日を機に『祈りと実行』を原点として『先祖成仏』を願い、『幸せに溺れることなく』一丸となってさらなる精進をしましょう」と会員に力強く呼びかけた。
御神尊感謝のひょっとこ祭り
福岡県筑紫野市の善隣教(力久隆積教主)は10月20日午前10時から、立教55年記念「御神尊感謝大祭」を挙行した。今回の祭典では、立教55年と「御神尊御神化」25年を期して、「御霊殿」の大扉上部に新たに神殿祭壇が設置された。祭壇は「宇宙生命神殿」の一部となり、2007年の立教60年・「御神尊」生誕百年に向けて荘厳される。
力久教主と力久道臣継主が神殿祭壇に臨殿し、「生命浄化火焔熱祷の祈り」が行われた。礼拝のあと、信徒による「御璽経」の読誦のなか、力久継主が神火を点火。
力久教主の「開顕呼びかけ」「大音声」ののち、力久継主が4枚の「大願い札お焚き上げ」、力久教主が信徒に向けて「慈光照射」、信徒による「生命浄化願い木札お焚き上げ」、ついで「千早経」「長息法の祈り」が行われ祭典を修了した。
このあとの「祝賀式」で力久教主が親教。「この神殿は善隣信徒だけではなく、この世の中全てに向けられた神殿。万人が平和、幸せを願う神殿へと大きな歩みをみせたという意味で、今日は本当の感謝祭である」と述べた。つづいて「ジパングこころ祭り−ひょっとこ大歓喜の祭り」が行われた。
また、前夜祭では、原田行場で「幽顕行完結妙合之儀」を行ったあと、善隣教本庁までの8キロの道のりを行進して、神火を神殿祭壇に運んだ。このあと聖堂で祭典につづき、青年部による沿革劇が披露された。
真生会で大観音まつり
岐阜県岐阜市の真生会(田中偉仁会長)は総本山真生寺で10月13日午前10時50分から、「大観音まつり」を開催した。
本堂に導師の田中会長、式衆が入場して開式。感謝の祈りについで「御詠歌」を奉納した。つづいて、田中会長はじめ式衆が「聖真生観世音菩薩」の正面
に移動した。
奉納花火が打ち上げられ、報恩供養に続き胎内仏供養読経が行われたあと、奉献の儀では子どもたち26人が餅を、7人の青年女子部員が花を供えた。
正午からはおまつり広場で、家庭に眠る品物のいのちを生かす「エコ・バザー」や縁日などがひらかれ、終日賑わいをみせた。
また、祝賀餅まきが、少年少女によるものと、教団役職者によるものとと2回行われ、田中会長が「少子化社会の傾向のなか、将来を担う子供たちに元気のいい餅まきをしてがんばってください」と励ました。
地元修善寺の会館で執行
東京・池袋の修養団捧誠会(出居茂総裁)は10月14日正午から、静岡・伊豆の修善寺町総合会館で第26回神里聖地祭を執行した。
神里聖地祭は伊豆・達磨山の聖地、悠久世界平和郷で執行されてきたが、10月1日夜の台風21号による水害で悠久世界平和郷に至る道が被害を受け復旧が途中である為、急きょ修善寺町の会館での聖地祭となった。
礼法、開式の辞につづき、出居総裁が壇上中央の出居清太郎教祖の写真前に膝付き、いのりの言葉を奏上した。
青木恒春会長があいさつ、急きょながら「総合会館を借りられたことに不思議なことじゃないかと感謝している」と述べ、山本博也昭和女子大学教授(捧誠会講師)が「これからの悠久平和運動」のテーマで講演した。
祝電の披露につづいて出居総裁が登壇。地元西浦との33年にわたる交流に感謝を述べたあと、前日まで開かれていた青年フォーラムにふれ、「フォーラムのテーマは『元気の源』。青年部が無上の喜びを共に元気よく新たに出発したことをご報告致します」と語った。
〈天真教〉
三重県上野市の天真教(神出修二教主)は9月23日午前10時半から、「世界助け之聖観音像秋季大祭」を執り行った。
本部・平安城神殿で前祭のあと、神輿を先頭に七福神、斎主、巫女、のぼりを手に信徒らは「花園の地場」まで練り歩いた。
「花園の地場」で本祭では観音像を祀る社殿の開扉が行われ、七色の風船が一斉に空に放たれた。
参列者は「生まれ変わろうの卵」、記念品、洗米を拝受。最後に餅まきが行われた。
〈日光教〉
大阪府堺市の日光教(寺口晃正教主)は10月14日午後1時から、本部神前で秋季大祭を斎行した。
斎主の寺口教主、斎員が入場して開式。修祓、火打金木、神饌傳供、祈誓の詞、祝詞奏上などにつづき、斎主が玉
串を奉奠した。数え歌を参列者全員で斉唱した。
寺口教主が光話。寺口光次郎教祖が制定した15カ条の教えについて「教祖は信者が迷っては困ると31カ条のみ教えを15カ条に減らした。しかし実行しなければ百カ条あっても駄
目」と述べ「宗教は日常に活かし実践するもの。当たり前のことが実行出来るか出来ないかです」と指摘した。
最後に「強い信仰信念を持ち実践すれば、理念ではなく自然に神や先祖に手を合わすようになる。子どもに良い後姿を見せる信仰即生活のあり方を」と精進を促した。
神前での式典に先立ち、午前11時から本部境内地にある「御山」奥之院でも式典が行われた。
〈解脱会〉
東京・四谷の解脱会(岡野聖法法主)は10月12、13の両日、埼玉
県北本市の御霊地で第141回秋季大祭を挙行した。
12日の式典は地元をはじめ、各界の来賓が多数参列して挙行された。午前11時、天神地祇太神社殿前の特設ステージに岡野法主と岡野正理事長が登壇。鼓笛隊の演奏行進、日の丸旗、本部旗、青年部旗、全国各支部の支部旗が入場した。
ファンファーレが開式を告げ、君が代斉唱、拝礼行事についで、会祖・解脱金剛尊者の在りし日の「み声」を拝聴。つづいて、萬部供養の本証が収められた「おみたま櫃」が、全国の青年役員に捧持され入場。萬霊魂祭塔前に安置されると、和服姿の女子青年らが生花や天茶などを捧げ、萬霊大供養が行われた。
岡野法主は式辞で、大祭の意義を説き、解脱金剛尊者の「み心と人徳」の一端にふれ、「金剛さまがおわしましたならばということを念頭に置き、常に金剛さまを心から念じ、毅然として『解脱の道』に生きていきましょう」と信徒に一層の精進を呼びかけた。
〈神ながら教〉
名古屋市東区の神ながら教(水野富久子教主)は10月20日正午から秋季大祭を斎行した。
修祓、巻廉、献饌の儀が厳かに行われたあと、斎主に代わり水野兼辰総監が祝詞を奏上。ついで祝電が披露された。
神賑のあと、玉串奉奠が行われ、水野教主につづき顧問、各教会代表が玉串を奉奠して礼拝した。大祓詞を一同で奏上、譛仰歌を奉唱したあと、水野教主が「御神諭」を奉読した。
少憩のあと、水野教主が「みさとし」。前日まで雨が降って大祭当日は曇りという天候を喩として「人は大自然に生かされ、恩恵を受けている。自分の思うような天気にはならない」と述べ、不自由なく当り前に生活していることにふれ「感謝の気持ちこそ信仰の第一である」と結んだ。つづいて金石教会の板倉司武氏が講話した。
専門家らで多角的に学ぶ
故人の遺志を尊重した無宗教葬や生前予約葬、散骨など、現代人の葬送観、死生観は変化し多様化している。生死の意義、家と宗教、家族・社会との関係など幅広い課題を含む「葬儀」を多角的に学ぼうとの公開連続講座が、10月19日から東京でスタートした。
「いま、葬儀を問う」と銘打たれたこの講座は、立教大学キリスト教教育研究所(JICE・永見勇所長)が主催。キリスト教や仏教の葬儀の本質について大学教授や葬儀専門誌の編集長らが10月19日から12月7日まで5回にわたり、立教大学で講座を持つ。
19日に開かれた初回の講座は、立教大学教授で聖公会神学院校長の関正勝氏が「キリスト教葬儀の本質」のテーマで講義。最初に人間の尊厳を哲学、倫理の観点から分析し、「葬儀とは人間の尊厳を最期までどう支えるかにある」と意義付けた。
そして生前から一連として続くキリスト教の葬送儀礼に、ターミナルケアに関する行為もあるとして、「病院訪問の式」や聖別
されたオリーブ油で体と魂の回復を祈る「塗油」、「死に臨んでいる人のための悲嘆」、通
夜・告別式における遺族の癒しなどについて、その信仰的意義や癒しについて説明した。
関氏は「(臨床では)病の回復を祈るとともに、その人の人生は価値あるものだったことを認めさせる」「告別
式での説法で必要なのは、故人をただ誉めるのではなく、その人を支え生かし続けてきたものへの賛美がなくてはならぬ
」など、自身の体験を踏まえての提言を行った。
講義後の質疑応答では、プロテスタントとカトリックでは病院訪問の式のやり方が異なることや、宗教者・病院・葬儀社との協力体制の必要性、また阪神淡路大震災では葬儀業者らが協力し遺体の搬送にあたったエピソードなども話され、参加者の関心を集めた。
今回の公開講座は12月7日にまとめの講座がもたれ終了するが、永見所長によると、今後も「葬儀」をテーマに来春、来秋とシリーズとして開催していく予定という。
相互理解と協調、連帯を
「教団付置研究所懇話会」発足式が、10月11日、滋賀県大津市の天台宗総合研究センターで開催された。
この懇話会は、日本の各宗教教団の付置研究所が構成メンバーとなり、参加団体相互の情報交換、共同研究などをとおして、平和、人権、環境などの現代的諸問題に応えていくことを目的としている。また、「日本の宗教者相互の理解の促進」と「宗教者としての協調と連帯の増進」を基本方針として掲げている。
発足式では、はじめに雲井昭善天台宗総合研究センター長が、同懇話会設立について基調講演。午後からは4研究所の代表が発表を行った。
代表発表は「生命科学と宗教」−斎藤泰大本教学研鑽所主事、「神への問いと現代」−竹部弘金光教学研究所部長、「宗教間対話、教派間対話、宗教生活交流」−高田信良浄土真宗教学研究所教授、「生命倫理をめぐる諸問題」−竹内弘道曹洞総合研究センター専任研究員の4人。小憩後、パネルディスカッションで意見交換を行った。
同懇話会は、今後、各研究所の代表が研究活動などを発表し合う会合を開催し、活動を進めていく予定である。「教団付置研究所懇話会」参加団体=大本教学研鑽所、孝道教団国際仏教交流センター、金光教教学研究所、浄土宗総合研究所、浄土真宗教学研究所、神社本庁教学研究所、真宗大谷派教学研究所、曹洞宗総合研究センター、天台宗総合研究センター、天理大学おやさと研究所、辯天宗教理研究室、NCC(日本キリスト教教団)宗教研究所、立正佼成会中央学術研究所
中国仏教教会
中国仏教協会は9月下旬、北京で開かれた第7回全国代表会議で、一昨年5月逝去した趙樸初会長の後任に、同協会副会長の一誠法師(75)を決定した。また、新秘書長に学誠法師(副会長を兼任)ほか副会長20人、副秘書長7人も選出した。
新会長の一誠法師は1927年2月生まれ、75歳。湖南省望城出身。1949年に出家。江西省仏教協会会長、中国仏教協会副会長、江西省政協委員を歴任している。
日中韓の三国仏教徒の交流を図っている日本側の日中韓国際仏教交流協議会事務局は、中国仏教協会からの公式な連絡を受け、9月26日付けで会員あてに一誠新会長ほか新人事に関する書面
で報告した。 なお、名誉会長には格列朗杰師が推挙された。
2005年国際宗教学宗教史会議に向け
東京大学教授の島薗進さんは、9月15日、日本宗教学会・第25代会長に就任した。島薗さんは1948年の生まれ。日本宗教学会で50代の会長誕生は初めてである。
「大学(東京大学理科。類)に入った時、実は医学部の志望だったのですよ。でも、人の生きている姿に触れながら考える学問をやりたいと思い、文学部宗教学科に移りました」と宗教学研究の動機を語る。
ゆっくりと話はじめるが、語りだすと早い。
島薗さんは最初、「フロイトと宗教」を研究。大学院では折口信夫の「民俗宗教論」を研究した。この研究をとおして、「充実した人生を送りたいと願う人々、その生活に近いところで宗教を考えることができた」と振り返る。
その後、「新宗教」、「精神世界」、さらには「生命倫理問題」など、次々と研究領域を広げてきている。
東京大学での指導教授は、宗教学者の故柳川啓一氏。「各地でのフィールドワークをとおして、書斎の学問ではない、宗教学の研究方法を教わりました」と語る。
日本宗教学会会長の任期は3年。この任期中に大きな仕事に取り組むことになった。2005年に東京で開催される「国際宗教学宗教史会議」(IAHR)を日本宗教学会が受け入れることが決まり、その実行委員長を務めなければならないからだ。海外から約5百人の宗教研究者が来日し、日本からもほぼ同数の研究者が参加し、約千人の国際会議となる。
IAHRは5年ごとに世界会議を開催しているが、日本で開催されるのは今回が2度目。
全体テーマは、「今年の12月に決定しますが」と前置きしたあと、『宗教−相克と平和』になる予定です。昨年の米国同時テロをも視野に入れ、現代世界を象徴するテーマと解説。つづけて、「日本の研究者と世界、特にアジアの宗教研究者との交流が深まることを願っています」と語る。
2005年は東京大学に、日本で初めて「宗教学」講座が開設されてからちょうど百周年に当たるという。
「時代が大きく変わってきています。『宗教』の範囲も、『宗教学』の領域もわかりにくくなってきている状況です。しかし、こうした時代状況の中で、宗教学会会員のなかから新しい、活発な試みが起こってくることを期待しています。自由な、多元的な学会としていきたい」と抱負を語った。
話題は次々と広がっていくが、「趣味は?」とたずねると、「昼寝です」と笑った。電車の中で眠り、講義ノートを忘れてしまったこともあるという。現在も週2回の水泳は続けている。
西川 重則/「政教分離の会」事務局長
昨年の12月、福田康夫内閣官房長官主催の「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」(今井敬「経団連」会長=座長)が発足して1年近くになる。間もなく12月になる。果
たして予定どおり、1年経った12月に、「報告書」を公表するのであろうか。現状はどうであろうか。
発足のとき、福田官房長官は、次のように「追悼・平和祈念懇」(略称)の「趣旨」を述べた。ここで改めて確認しておこう。
「何人もわだかまりなく戦没者等に追悼のまことを捧げ平和を祈念することのできる記念碑等国の施設の在り方について幅広く議論する」
小泉内閣が改造内閣として再出発(9月30日)し、福田官房長官は現在、「追悼・平和祈念懇」についてどう考えているのか。記者に次のように答えている。時宜を得た質問である。
新しい戦没者追悼施設には自民党内に反対意見も多いようです。
福田 賛成、反対、具体的なことをめぐってもいろんな意見がある。そういう意見を集約していただく作業を、追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会にお願いしており、議論を見守っている。
戦没者追悼施設は必要だとお考えですか。 福田 宗教施設ではないということと国家としての追悼施設であること、この2点から何かそういう施設があった方がいいのではないかと思う(「朝日新聞」10月10日朝刊)
今後の死没者問題 有事法制と関わる
問題は、「追悼・平和祈念懇」の現状である。
5月23日(第6回)の要旨から見ても、福田官房長官が期待している「戦没者追悼施設」すなわち「宗教施設ではないこと」、「国家としての追悼施設であること」の要件を兼備することはできそうにない。なぜなら、第6回の発言の中に、たとえば、次のような発言が見られる。
○「戦後は、今後あり得べき自衛のための死没者」、「平和と独立を守るための活動をした」と認定されれば、一般
国民も祀られる。 ○「A級戦犯を祀らないとか慰霊しないということはあり得ない」
○「大東亜戦争も自衛戦争だったというものの考え方もできなくはない」
以上は、発言の一部にすぎないが、驚くべきことに、「戦没者の追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」というときの「戦没者」とは「今後あり得るべき自衛のための死没者」のことを指しており、現在国会で継続審議になっている『有事法制関連三法案』と重なり合う内容である。
有事法制は日本国憲法が想定していない違憲立法であるとの立場に立てば、いま・なぜ「追悼・平和祈念懇」なのか、根本的に問わざるを得ない。新たに「戦没者」を前提にした議論を公然と繰り返していること自体、特定の立場に立った極めて、政治的な議論であり、いま・なぜ有事法制なのかと同様の問いを発せざるを得ない。
一方、福田官房長官の2点についての答弁も、安易かつ無責任の誹りを免れない。「宗教施設でない」「国家としての追悼施設」であることを願っているのであれば、まず実績について総点検して欲しい。
毎年8月15日に行われている「全国戦没者追悼式」の議場の中央に大書された「全国戦没者之霊」は、官房長官の期待する2つの要件を満たしていない典型的事例である。右は、1975年8月15日、三木武夫首相(当時)が「全国戦没者追悼之標」の標柱を書き換えた事件であったが、その要因は、首相の識見、憲法感覚、直接には「追悼」についての基本的認識の欠如にあったと言えよう。
「戦没者追悼の日に関する懇談会報告書」(1982年3月25日)の中に「追悼することは、基本的には、個々人の心の問題であることに政府が深く留意すること」と明記されている。もちろん、「追悼」という言葉を用いたとしても、「追悼」の本質から考えて、国が死者を選別
し、特定の評価の下に「慰霊祭」と類似の式典を行ったり「祈念」することは、国の中立性・無宗教性の保持の要件を満たしていないことを意味する。
したがって、現状から、「追悼・平和祈念懇」・同「報告書」について到底期待はできない。
もともと「追悼・平和祈念懇」発足の経緯は、小泉首相の靖国神社参拝の問題性に端を発しており、党首討論などで、野党から、靖国神社問題の解決のために、国立墓苑の設置が必要ではないかなどとの示唆を受け、首相も拒否し得ず、福田内閣官房長官の主催で、有識者による一年間の検討を求められ、「懇談会」が発足したと言ってよい。
「懇談会」は靖国問題解決し得るか
ところが、「懇談会」の発足に際して福田内閣官房長官は、発足の趣旨を曖昧にしたまま、小泉首相の靖国神社参拝は首相の心情ないし信条に基づくものであり、本来の「懇談会」の趣旨であるはずの靖国神社参拝の問題性を問うことなく、事柄を進めることとなった。
したがって、首相は、国立墓苑ないし国立記念碑の設置の可否をめぐって検討・懇談を進めていることを無視するかのように、靖国神社参拝の続行・定着を要望している民間団体の要望に答えて、4月21日(春季例大祭の第1日目)に再度靖国神社参拝を行ったのである。その出来事に対して、韓国・中国などを始め国の内外から強い批判がなされたが、福田内閣官房長官は、首相に対して警告をすることなく、今日に至っている。
こうした事例からも、「追悼・平和祈念懇」の発足の「趣旨」そのものが曖昧であるどころか、首相の靖国神社参拝も事実上肯定し、今日に至っている。一方、小泉首相や石原東京都知事の靖国神社参拝違憲訴訟あるいは靖国神社合祀取下げ運動にかかわっている、植民地の戦没者遺族・遺児の悲しみや憤りに思いを馳せることもない現状から考えて、今回の「追悼・平和祈念懇」について期待することはあり得ないと言わざるを得ない。
より率直に言えば、新しい戦没者のための国立墓苑あるいは国立記念碑の果たす役割について、日本国憲法の大原則に抵触することは明白である。その事実を強調し、警告したい。
向田邦子の恋文 向田和子薯
1960年代から1980年代にかけて活躍した、人気脚本家の向田邦子氏。彼女は脚本家だけでなく、「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」の短編小説で直木賞を受賞した作家でもある。小説誌に連載中の読み切り短編が、同賞の候補になることは、異例のことである。
脂の乗り切っていた氏が、1981(昭和56)年8月、台湾旅行中の航空機事故で急逝。死後21年経つが、その人気は衰えない。
向田氏は、文才だけではなく、謎めいた美しさを漂わせていた。だからか、私はずっと気になっていたことがある。
向田氏の特集を組む雑誌で見る彼女の若かりし頃の写真は、モデルでもないのに、彼女の美しさを自然に写
し出しているのである。
氏は脚本家になる以前は、映画雑誌の編集者であったが、ポーズやカメラ目線が決まりすぎていて、けっして素人が映した写
真とは思えない雰囲気のものに感じていた。その謎解きをしてくれたのが、本書である。
1955(昭和30)年代後半、シナリオライターとして忙しくなり始めた頃の彼女に恋人がいたということ。しかも、彼には妻子がいて、職業がカメラマンだったということ。妻子と別
居し、病を抱えて逼塞する年上の男性。そこで甲斐甲斐しく料理を作りにいく向田氏。
生涯独身であった彼女の作品に登場する男女の機敏を、細かく描く作風を不思議に感じていたが、合点がいった。そしてそういう一途な彼女を可愛らしく感じとった。
本書は亡くなった年の秋に、遺品の中から見つかった向田邦子氏と恋人N氏との間で交わした手紙、N氏との日記と、本書の著者である妹の和子氏が何度も読み返して感じ、考えた姉の生きざまを回想で綴った二部構成である。
「姉は本当になにもいわなかった。おくびにも出さなかった。みごととしか言いようのない“秘め事”にして、封じ込めてしまった」
他人の秘め事を読むのに抵抗を感じたが、向田邦子という一人の女性を知る一冊である
(新潮社刊)
(澤木香子)
日経大予測2003年版 日本経済新聞社編
もうすぐ歳末12月、そして来年、その日本経済を思うと、不安どころか恐怖を感じてしまう。そこで本書を読んでみた。やっぱり、いたる所に「不透明感が強い」「行き詰まり」「悪化」「最低」「不安定」「解決のメドが立たず」「大リストラ」「破たん」「倒産多発」「先行き多難」「混とん」……など暗い単語のパレード。
暗い予測を「暗い、暗い、こんなにも暗い」と繰り返しても、暗さがますます増加するだけ。だからであろう、本書では少しは希望が持てるように、全テーマに対して本命・対抗・大穴の三種類の予測が記されている。
たとえば、失業率の予測では、本命予測(もっとも実現可能性大)が「6%台」、対抗予測(起こり得る可能性あり)が「5%台でだらだら推移」、大穴予測(ないとは言い切れない)が「4%台に回復」となる。まあしかし、書き方の工夫をしても、やっぱり、暗い年末と来年になりそうだ。
来年を一言で言えば、日本以外の主要国では、景気回復・構造改革が進行するが、日本だけは景気回復も構造改革も進展しない。ただし、IT産業、リサイクル、介護、再生医療など特定分野だけは「明るい」というわけ。
となると、なすべき行動は決まっている。政府や景気など他の力に頼ってもどうにもならないから、自分を見直し、自己改革を成し遂げなければならない。
自分で自己改革−これこそ、本物の構造改革の基盤かも知れない。(日本経済新聞社刊)
(太田哲二)
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